ある日突然、人の体のまわりに白い光や靄のようなものが見えた。そんな体験をして「これは何だろう」「ほかの人はどうやって見えるようになったのだろう」と検索した方もいるはずです。この記事では、私自身がオーラに気づいた朝のこと、そこに至るまでの日々、見え始めてからの変化を、順を追ってお話しします。あわせて、突然見え始めた方が最初に確かめておきたいことや、目の錯覚との見分け方もまとめました。
結論:私がオーラに気づいたきっかけは、瞑想を6年続けたある朝、洗面所の鏡に映る自分がいつもより明るく見えたことです。見え始めた理由が人それぞれである以上、大切なのは「見えたこと」そのものより、そこに至った経緯を振り返ることです。
- オーラに初めて気づいた朝の、具体的な見え方
- 見え始めた後に起きた変化と、見えやすさを左右するもの
- 突然見え始めた人が確かめたいことと、残像や錯視との見分け方
私がオーラに気づいた朝
☆ウリエル☆オーラが見えた瞬間は、感動の場面のように語られることがあります。けれど実際は、拍子抜けするほど静かな朝でした。見え方もきっかけも人それぞれなので、ご自身の体験と照らし合わせながら読んでみてくださいね。
それは私が28歳のときで、瞑想を始めて6年ほどが経った頃でした。午前中で、おそらく起きてすぐに洗面所へ向かったのだと思います。何をしていたかの細かい記憶はありません。ただ、鏡に映った自分の姿だけは、今もはっきり覚えています。
鏡の中の自分が、いつもより明るく見えたのです。照明のせいでも、寝ぼけているせいでもない。何かが違う。そう感じてよく見ると、体のまわりを覆うように、薄く半透明の白い光が見えていました。
最初の感想は「え、何これ?」
そのときの正直な感想は、「え、何これ?」でした。たとえるなら、朝起きて鏡を見たら顔に大きなニキビができていたときの感覚に近いものです。感動も喜びもありませんでしたし、怖さもありませんでした。
それでいて、これがオーラだということは、すぐにわかりました。理屈で確かめたわけではなく、見た瞬間に「ああ、これがそうなのか」と腑に落ちたのです。
その朝までの6年間、していたのは瞑想だけ


オーラが見えるようになったと話すと、「どんな訓練をしたのですか」と聞かれることがあります。けれど、見え始めるまでの6年間に私がしていたのは、瞑想だけです。オーラを見るための訓練は、ひとつもしていません。
オーラを見たくて始めた瞑想ではなかった
私が瞑想を続けていたのは、オーラを見たかったからではありません。見えることを目標にしていなかったからこそ、あの朝は「何これ?」だったのです。
オーラが見えるようになった体験談には、見たいと願って練習を重ねた結果として見えるようになった、という話も多くあります。それもひとつの道です。ただ私の場合は、見ようとしていないところへ、ある日向こうからやってきたという順番でした。
呼吸法と組み合わせた、1日3時間の瞑想
当時は、1日に3時間ほど瞑想する習慣がありました。朝に1時間、夜に1時間。それに加えて、日中のすき間時間にもこまめに呼吸法と瞑想をしていました。
たとえば10分の空き時間があれば瞑想をする。電車で30分移動するなら、その時間も呼吸を整えて目を閉じる。そうした細切れの瞑想を、一日の中で何度も繰り返していたのです。
この習慣が何をもたらすかというと、一日を通して、瞑想状態に近い脳波でいる時間が長くなるということです。深い瞑想のときのような落ち着いた脳の状態を、日常の中でも維持しやすくなります。オーラ、とくに色のあるオーラは、この状態に近いときに見えやすいものです。今振り返ると、あの朝は6年分の積み重ねがうみだした一つのへんかだったのかもしれませんね。


最初に見えたものと、色が見えるまで
ここからは、あの朝に見えたものを、できるだけ具体的にお伝えします。最初の見え方を知っておくと、ご自身の体験と比べやすくなるはずです。
体を縁取る層と、空間に溶けていく広がり
最初に見えたのは、体のまわりを覆う、薄く半透明の白い光でした。体の輪郭を縁取るように光っている部分は、厚さ5ミリから1センチほどです。そしてその外側に、10センチから20センチほどの広がりがありました。
この外側の光は、ろうそくの炎のように外へ向かって光り、だんだんと空間に溶けるように消えていきます。そのため、どこまでがオーラなのか、境目ははっきりしませんでした。鏡を見ている間は、ずっと見えていました。体のまわりがこれほど光って見えると、ふだん鏡で見ている自分の姿とは、かなり違った印象になります。
天空の庭先では、こうした白く半透明の光を第一階層のオーラと呼んでいます。肉体と生命力の光で、オーラの中でもっとも肉眼で見えやすい層です。


皮膚に近いところに見えた、薄い色


じっくり見ていると、5ミリから1センチほどの縁取りの層の、さらに体に近いところに、薄く色がついているのが見えました。白い光とは別に、皮膚のすぐそばに色がある。これが、私が初めて見た色のオーラです。
色が見えるまでには、意外なほど時間がかかりませんでした。ただし、いつでも見えるわけではありません。目を凝らしたとき、集中(フォーカス)したときに見える、というのが実際の感覚です。
長く変わりにくい内側の色と、現れては消える色
自分のオーラを見ているうちに、すぐに気づいたことがあります。皮膚にいちばん近いところに見える色は、日によってころころ変わらないのです。
この内側の色は、長い間変わりにくい色です。だからこそ、その人の性質をいちばんよく表している色なのです。ただし、まったく変わらないわけではありません。変わるときもあれば、変わる人もいます。
一方で、感情のように現れては消えていく色もあります。こちらは煙や湯気に近い見え方で、オーロラのようにも見えますが、そのどれとも少し違います。オーラの色の中には、変わりにくいものと、移ろうものがある。見え始めていこう、観察を繰り返すことでそのことに気づきました。天空の庭先では、こうした心や感情を映す色の層を第二階層のオーラと呼んでいます。


見えてから始めた訓練と、見え方の変化
オーラを見るための訓練を始めたのは、見えるようになった後のことです。見えるようになると、いろいろな好奇心が湧いてきました。
好奇心から始めた訓練
もっと安定して見る方法はないのか。今見えているものがすべてなのか、それともまだ見えていないものがあるのか。そうした疑問に答えを出したくて、自分なりにいろいろな訓練を試しました。その結果、見る力は少しずつ安定していきました。
つまり私にとって訓練は、見えるようになるための入口ではなく、見え始めた後に精度を上げるための手段でした。訓練の具体的な方法は、別の記事にまとめています。
チューナーのように合わせる階層


訓練を重ねるうちにわかったのが、オーラの階層は同時に全部が見えるものではない、ということです。
第二階層の色のオーラに焦点を合わせ、しっかり見えるようになると、今度は第一階層の白い光のほうが見えにくくなります。同じように、第二階層を見ているときは、それより上の階層のオーラも見えにくくなります。まったく見えないわけではありませんが、見えにくくなるのです。
ラジオのチューナーを思い浮かべると、わかりやすいかもしれません。周波数を合わせた局ははっきり聞こえ、ほかの局は遠のきます。オーラも、そのときどきで拾える範囲が調整されるものであり、自分で調整できるものなのです。
では、全ての階層を同時に見る事は出来ないのか?
変なこと言いますが、3つの自分が同時に見れば、たぶん全部見えます(笑)
休日の一日瞑想と、心身のデトックス
オーラを頻繁に見ていた頃は、1日3時間の瞑想に加えて、オーラを見る練習にも時間を使っていました。休日、とくに夏休みやゴールデンウィークのような長い休みには、丸一日瞑想だけをして過ごす日を作ったこともあります。それに合わせて、3日間りんごだけを食べて過ごすような、心身のデトックスも行っていました。
意図的に霊的な時間を増やしていた頃は、日中でもオーラを見るモードへの切り替えがとても速かったのです。今振り返ると、それがよくわかります。なお、食事を極端に制限するデトックスは体への負担が大きいため、体調や持病に不安のある方は無理に真似をしないでください。
当時と今で、何が違うのか
1日3時間瞑想していた当時と、長い瞑想を夜に1時間しかしない今とでは、オーラの見えやすさが格段に違います。当時は頻繁に見ることができましたが、今は意図的に見ようとすると、多少の準備が必要です。
霊的な能力は、そもそもエネルギーを使います。そのため、日々のエネルギーの充実度が見えやすさに影響を与えます。自分が保有しているエネルギーが多いときは、ダメージはあっても霊的な感覚が強まるときがあります。
たとえば風邪や病気で肉体のエネルギーが落ちているときでも、真面目に瞑想を続けていると、霊的なエネルギーは充実していることがあるのです。ダメージで体調は悪い、でもエネルギーが補充されていればそれなりに見えやすくなる。見えやすさは、エネルギーの状態と脳波の両方で決まる感じです。


ほかの人はどんなきっかけで見えるようになるのか
オーラが見えるようになったきっかけは、人によって本当にさまざまです。私が人から聞いた話や、インターネット上の体験談を見ても、いくつかの型に分けることができます。
ある日突然、夜中や起き抜けに見えた
夜中にふと目が覚めたとき、隣で眠る家族のまわりに白い湯気のようなものが見えた、という体験談があります。私の体験も、起き抜けの時間帯でした。目覚めた直後や眠りに落ちる直前は、脳波がゆっくりした状態にあり、ふだんより見えやすくなる時間帯です。
子どもの頃から見えていた
幼い頃から人のまわりに色が見えていて、大人になってそれがオーラだと知った、という人もいます。5歳くらいまでの子どもは脳波がゆっくりしているため、オーラが見えやすい状態にあるのです。成長とともに見えなくなる人が多い一方で、見え続ける人もいます。
練習や修養の延長で見えた
オーラを見たいと思って暗い部屋で手のまわりを眺める練習を続け、白い煙のようなものが見えた、という体験談もあります。また、スピリチュアルな修養を続けるうちに、日常の中で自然と見えるようになった、という話もあります。武術やスポーツで正しい呼吸法を身につけていた人が、ある時期から見え始めることもあります。
なぜ人によって見えたり見えなかったりするのか、その理由については別の記事で詳しく解説しています。




突然見え始めたら、まず心当たりを振り返る
訓練をしたわけでもないのに、急にオーラのようなものが見え始めた。そんなとき、まずしてほしいのは、見え始めた理由に心当たりがあるかどうかを振り返ることです。
準備期間があったなら、大きな問題はない
自分なりに何かの訓練をしていた。訓練というほどではなくても、スポーツや武術を通して正しい呼吸をする習慣があった。瞑想を始めて何年か経っていた。こうした心当たりがあるなら、それは準備期間を経て、オーラが見える状態にたどり着いたということです。この場合、大きな問題はありません。
心当たりがないときに気をつけたいこと
霊的な能力が現れるときに、いちばん気をつけなければならないのは、霊的なエネルギーの経路やチャクラが何らかのダメージを負い、エネルギーが漏れ出すような形で見え始めるケースです。これは、あまり良い状態ではありません。
たとえるなら、視神経に異常が起きて、ないはずのものが見えてしまうような状態に近いものです。怪我や病気に近い性質を持っています。心当たりがまったくないまま急に見え始め、同時に疲れやすさや心身の不調を感じている場合は、無理に見ようとせず、まずは睡眠や生活のリズムを整えることを優先してください。
どちらの始まり方にも、意味はある
こうした能力の現れ方には、カルマ的な要因も少なからず関わっています。不健康な理由で見え始めたとしても、正しい理由で見え始めたとしても、それぞれに意味があるのです。見えたことを自慢に思う必要も、恐れる必要もありません。今の自分の状態を知るためのサインとして、落ち着いて受け止めてください。
目の異変を感じたら、まず眼科へ
ひとつ、大切な注意があります。視界の中に閃光のような光が見える、小さなゴミや虫のような影が動いて見える、といった症状は、網膜剥離などの目の病気の前兆として現れることがあります。日本眼科学会でも、こうした症状が初期段階で自覚されることがあると解説されています。急に光が見え始めた、見え方がおかしいと感じた場合は、オーラかどうかを考える前に、まず眼科を受診してください。


輪郭の白い光は誰にでも見える?残像や錯視との見分け方
「見えたのは本当にオーラなのか、ただの目の錯覚ではないのか」。そう疑う気持ちは、とても自然なものです。実際、人の輪郭に沿って薄く明るい線が見える現象は、目の仕組みによって誰にでも起こります。
境目が明るく見える「マッハバンド」
明るさが変わる境目では、明るい側の縁が実際より明るく、暗い側の縁が実際より暗く見える錯視が起こります。これはマッハバンドと呼ばれる現象で、目の神経どうしが互いの反応を抑え合う「側抑制」という仕組みで生じることが示されています。NTTイリュージョンフォーラム
人の体と背景の境目でも、同じことが起こります。また1978年には、人のまわりに見える「オーラ」を実験室で再現し、残像と境界の対比で説明できたとする研究も発表されています。Perceptual and Motor Skills(1978)
私も、オーラが見えるようになる前から、人の輪郭に薄く白い線のようなものが見えることはありました。それはおそらく、こうした目の働きによるものです。だからこそ、あの朝の見え方がそれとは違うことに、すぐ気づけたのです。
見分けるための4つの目安
私が錯視や残像と、オーラとを区別するときに見ているのは、次の4つです。
- 視線を動かしたときにどうなるか:残像や目の中で生じる光は、視線を動かすとついてきます。自分の内側で起きている現象だからです。オーラは相手の側にあるので、目をそらせば視界から消えます。
- 物にも同じ縁が見えるか:椅子や花瓶など、生き物ではない物にも同じ明るい縁が見えるなら、境目の錯視である可能性が高くなります。
- 広がりがあるか:境目の錯視は、輪郭に沿った細い線として見えます。オーラは輪郭から外へ向かって広がり、空間に溶けるように消えていきます。
- 色が見えるか:皮膚のすぐ近くに、白とは別の色が見えるかどうかも目安になります。
なお、同じ人を見ても見え方が人によって違うことはよくあります。見え方が一致しないこと自体は、自然なことです。大切なのは、人と比べることではなく、自分の見え方を落ち着いて観察し続けることです。


よくある質問
- オーラはいつから見えるようになるのですか?
-
人によって大きく異なります。幼い頃から見えている人もいれば、瞑想や呼吸法を何年か続けた後に見え始める人、ある日突然見え始める人もいます。私の場合は、瞑想を始めて6年ほど経った28歳のときでした。
- オーラは最初どのように見えるのですか?
-
多くの場合、体のまわりを覆う、薄く半透明の白い光や靄として見えます。これは第一階層の生命力の光です。色のオーラは、目を凝らしたり集中したりしたときに、皮膚に近いところから見えてきます。
- 一度見えたオーラが見えなくなることはありますか?
-
あります。霊的な能力はエネルギーを使うため、エネルギーが落ちているときは見えにくくなります。また、瞑想の量が減ると見えにくくなります。逆に、脳波が落ち着いた状態にあると、見えやすくなります。
- 見えているのは錯覚ではないのですか?
-
輪郭に沿った細く明るい線は、マッハバンドなどの錯視で誰にでも見えることがあります。視線を動かしてもついてこないか、物にも同じ縁が見えないか、外へ向かう広がりや色があるかを確かめると、区別しやすくなります。急に閃光が見えるなど目の異変を感じた場合は、まず眼科を受診してください。
まとめ
私がオーラに気づいたのは、瞑想を6年続けたある朝、洗面所の鏡に映る自分がいつもより明るく見えたことがきっかけでした。見ようとしていたわけではなく、瞑想を積み重ねた先で、向こうからやってきた体験です。訓練を始めたのは、その後のことでした。
オーラが見えるようになるきっかけは、人それぞれです。だからこそ、突然見え始めたときは、見えたこと自体に振り回されず、そこに至った経緯を振り返ってください。準備期間があったなら、大きな問題はありません。心当たりがないなら、生活を整えることを優先し、目の異変があれば眼科へ。
オーラが見えることは、ご褒美でも異常でもありません。自分の心と体がどんな状態にあるのかを教えてくれる、ひとつのサインです。見える人も、見えない人も、自分のペースで日々を大切に過ごすことが大切です。
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