見えない世界や見えない存在とスピリチュアルな知恵

この世界の叡智

「スピリチュアル」という言葉は、「スピリチュアリティ」を短縮した言葉として使われ、元々は「霊的」「霊性」といった意味の言葉でした。霊的なものは目に見えません。、霊、心、目に見えないものはたくさんあります。私たちの日常で言えば、祈り、感謝の心、思いやり、相手の好意などといった人間の想いも目に見えないものです。スピリチュアルを学ぶことは目に見えないものと向き合うことであり、スピリチュアルな知恵とは目に見えないことへの知恵であるとも言えます。
目に見えないモノの中に大切なものがとてもたくさんあります。だからこそ私たち人間は、正しい想いや心を形として表したり、言葉や行動にかえることが大切なのだと思います。
目に見えない世界や存在のお話と、目に見えないことの中で最も大切なものはなにか?そんなお話をしたいと思います。


目に見えないもの、存在、法則

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☆ウリエル☆

私たち人間の目に見えないもの、たくさんあります。生活するには困らないので普段は気にもしませんが、私たちが見知って理解していることなどこの世界の0.00001%にも満たないと私は思います。

スピリチュアル や精神世界と呼ばれている分野には、実際には目に見えないが、実在すると言われているものがとてもたくさんあります。たとえば神様であったり、宇宙の法則であったり、死んだ人の霊、人間の魂、天国や死後の世界、天使、悪魔、気や、オーラ。そして科学でも検証が難しいようなさまざまな思想も同様にたくさん存在します。
人が生まれ変わるという思想、死後の世界がいくつかの領域に分かれているという思想、自分がしたことが自分の身に還ってくるというカルマの思想などです。目に見えないものだけでなく、物理的に見るのが難しいものもあります。

例えば宇宙人とか、銀河の彼方にある星に住んでる存在とか、地球の中心とか?古代アトランティスやレムリア大陸が存在したか?など。
科学で証明できないことは世の中にはたくさんあります。

目に見えない存在

幽霊、霊、悪霊、精霊、天使、悪魔、神様、見えないけど存在すると言われていますし、スピリチュアルな分野では当たり前のようにいるものとして語られています。たまに見えるという人もいますが、基本的には全て目には見えない存在です。
では実際に霊的な存在たちは実在するのか?結論から言えば存在すると言えます。絶対に存在しないということは科学的に証明できませんし、目撃した、コンタクトを取ったちょいう人が世の中にたくさん居る以上は存在する可能性の方が高いと言わざる得ません。なにより私自身が見て、声を聞いて、会話をしたことがあるから、私自身は存在すると思っています。
この種のお話の難しさは、だからといって実在の証明にはならないといったところでしょうね。

私がどのようにして霊的な存在を認識する力を身につけるにいたったか?21歳の時の出会いがはじまりでした。こちらの記事が参考になります。

目に見えない法則

重力が私たち人間の肉眼で見えないように、この世界を動かす法則の中には目に見えないものはたくさんあります。
むしろ目に見えて言語化できる法則の方が少ないかもしれません。それほどまでに、私たちの住む世界には見えないものがたくさんあるのです。
人間の魂は目に見えませんし、その魂が行くとされている死後の世界も見えません。そして人間が生まれ変わるというの法則も見たり確認出来るものではありませんし、人間に報いを与えるカルマの存在やその法則も目に見えません。ですがそれらは確かに存在します。

この世界を私たちが普段つかう身近なものでたとえると、ゲーム機とソフト、プログラムに似ています。作った存在がいて、動かしてるエネルギーがあり、プログラムによってゲーム内の世界が定義されている。つまりこの世界の法則とは、神が施したプログラムのようなものです。

各法則を動かしているのは大天使たちです。火や熱、それによって変化する温度、風や水が動き、重力、慣性の法則、それぞれが大天使たちが司る概念との力の働きによって動いています。


見えない世界

見えない存在たちが実在するのであれば、その存在たちが活動する世界は実在するのでしょうか? 例えば「精霊界」とか「霊界」とか「天使界」などの世界です。見えない世界はあるのか?結論、見えない存在が居るように、見えない世界も存在します。

一般的に知られていて、私たちがよく聞くのは「死後の世界」とか「霊界」とかですよね。

「アストラル界」とか「神界」とか「四次元」とか最初に書いた「天使界」もろもろ・・・ 見えない世界に関連する言葉は世界中に山ほどあります。そしてそういった世界を視たり体験できるをもった人ももちろんいます。
これは見えない存在と同じなのですが、もしこれを読んでいるあなたが、明日突然目に見えない世界を視えるようになったり、体験できるようになったら…

現在世間一般に広まっているスピリチュアルな情報と事実とのあまりのギャップの大きさに驚くことでしょう

この記事を書いている天空の庭先の管理人である私には、霊体で肉体を抜け出すの能力があります。
私が自分自身の体験として知っているのは、幽界(アストラル界)、霊界(メンタル界)、神界(アートマ界)と呼ばれるようなヨガや魔術で言われるような霊的な世界が実際にあるということです。
死後の世界、幽霊がいる世界、天使や悪魔が居る世界、人間の魂が死後に戻る世界、私たちが伝え聞く、目に見えないさまざまな世界は上に書いた3つの世界のいずれかに属し存在しています。

実際の見えない世界ってどうなってるの?

あまり詳しく話すと細かくなるのでここでは大ざっぱに説明します。私たちの世界に重なり合うように見えない世界は存在しています。
この物質世界を含めて4つの階層になるような構造になっています。その4つの階層の中に色々な世界が存在します。
分かりやすく例えるならマンションですね♪

  • 1階には私たちの世界があります。(物質界)
  • 2階には成仏できない霊とか、妖精とか、あと人の想像が生み出したものがあります。(幽界)
  • 3階には成仏できた霊や天使など主に良いものがあります。(霊界)
  • 4階部分には私たちの魂や神が在ります。この階だけフロアー全体が一個の部屋になっている(神界)

そんなかんじです。

見えない世界を体験するには?

見えない存在を視るのと大きく違うのは、見えない世界に関しては、私たち自身が行って体験するしかないということです。どうやって行くのかですが、「臨死体験」などが代表的な例だと思います。事故などで死にかけたとき、死後の世界を体験したなんて人の事例はかなりの数に及びますが、そういった人たちが体験した世界が、4階層構造における、物質界の上位の世界、霊的なの世界です。

体外離脱は、臨死体験を事故や怪我とは関係なく健康な状態でも起きる場合があります。をしていると体験は起きやすく、訓練によって意図的に行う事も出来ます。ちなみに私の場合は、瞑想を習慣的に行い始めてから偶発的に体外離脱が起きるようになり、それを意図的に行えるように訓練したら、数年で身についた感じです。

ほかの方法であれば、などがあります。実は人間は、睡眠時にこの見えない世界でさまざまな活動を行っています。睡眠とは毎日起きる安全かつ簡易的な臨死体験です。

睡眠中は体が寝ているため、私たち人間の活動は魂と心の領域へと移ります。ただ目が覚めると忘れてしまうのですが、希にその活動の記憶を「夢」という形で覚えているときがあります。

あとは、瞑想時に見えない世界の一部を「ビジョン」として視ることもあります。霊視などで見えない世界を見る人もいます。チャネリングなどの能力で、見えない世界に住む見えない住人から情報を得ている人も居ます。

体験するという意味ではやはり、臨死体験とか体外離脱でしょう。

この天空の庭先に書かれているたくさんの記事は、本や他人から聞いた話ではなく、すべて私自身の体験にもどづいてお話しています。


目に見えないから注意が必要

目に見えない事だからこそ、目に見えるもの以上に注意が必要です。「幽霊や悪魔に気をつけろ」って言っているわけではなく、こういった目に見えない存在、エネルギー、法則と言ったもの全て、それを体験した人間にしか分からないこと、たくさんあります。

体験した人間がいるからといって、それが確かに存在するのかと言えばもちろんそうではありません。スピリチュアルや精神世界の分野には、見えないのを良いことに嘘や偽りを言う人もたくさん居ますし、それでお金儲けをしている人もいるからです。

、スピリチュアルや精神世界の情報に触れるとき、ぜひ心がけてほしいことがあります。

自分で感じて考え、自分で判断して、自分で決める事

自分自身の体験や感じ方と照らし合わせて実感がもてることなのか?信じられるのか?すべてはあなた自身が最後には判断し決めるということです。

最後は自分が、という姿勢は何事にもとても大事ですが、目に見えないスピリチュアルな分野では特に大切です。この姿勢が嘘や偽り、悪意からきっとあなた自身を守ってくれます。

たとえばこの天空の庭先に書かれていることは、すべて私の実体験に基づく情報や思想です。しかし、私がそれを科学的に検証したり、実在を証明できるわけではありません。また私自身がなにか誤った認識をしている可能性も、もちろんゼロではありません。ですから、自分で感じて考え、自分で判断して、自分で決めてください♪


 

 見える人、見えない人、スピリチュアル的な違い

見えない存在があり、見えない世界がある、そして見える人と見えない人、体験できる人と出来ない人がいます。そこにはどんな違いがあるのでしょう?

結論から言うと、見えない存在や見えない世界は、見えないことが普通です。この世界の法則に従って言っても、見えないように作られているのですから。何をどのように工夫しようとも、普通は見えない、ということをまずひとつ、前提として持っておいてください。

そのうえで、なぜ見える人がいるのか?

私はよくこの世界をゲームで例えるのですが、たとえばスーパーマリオブラザースやファイナルファンタジー、最近ではピクミン4が発売されましたが、そのゲーム画面にキャラクターを動かしているプログラムが表示されたらおかしいですよね?ゲーム内のデータを自由に閲覧できるか?と言えばできませんし。

この世界も同じです。見えないものは、ふつうは見えないのです。

見えないもの、見えてはいけないものが見えるというのはバグのようなものです。

つまりイレギュラーなのです。ですから臨死体験のような特殊な状況でしか普通は起きません。

ですが、またゲームのたとえに戻りますが、普段ゲーム画面に登場しないものや、ゲームを動かしているプログラム、開発のデータを見れる人たちがいます。それはデバッカーやテストプレイヤー、エンジニアなど、運営や開発側の人間たちです。

同じようなことがこの世界でも言えます。

まあ現実世界のゲームのように明確にユーザーと発売元が区切られているわけではありませんから境界線はあいまいですが…

簡単に説明すると、人間の魂が幾度もの輪廻転生を繰り返し成長すると、必然的により大きな愛を持つようになり、この世界の真理を求めるようになります。心が清まり、心の目が開かれ、普通は見えないものが、睡眠時、瞑想時などに見えるようになり、やがてさまざまなシチュエーションにおいても見えるようになります。

この天空の庭先では、人間が生きる目的を「いずれ神に至るため」と説明していますが、神に近づくということはつまり、運営側に近づくということでもあります。

つまり、神(法則とエネルギー)に近づくほどに普通は目に見えないものが見えてくるのです。
この世界に生きている私たちの中で見える人は、ゲームで言うとさしずめテストプレイヤーとかGMとかですかね?運営側に属するプレイヤーみたいなものです。

この天空の庭先に訪れるような人たちは、良い意味で普通ではないと思います。きっとより実践的な情報を求めていたり、真実を求めているような方が多いと思います。

真実をもとめ、心を清めて愛を持って生きていると、見えたり体験することは増えると思います。


 

スピリチュアルな知恵

スピリチュアル(霊的)なことで一番大切なものとはなんでしょう?もし私がその質問をされたなら、迷わず神(愛)と答えるでしょう。私にとって神=愛なのですが、説明すると長くなるのでここでは簡単にお伝えしますと、人間の魂は神から生まれて、成長するためにこの地上に生まれ、成長を終えると神へと還っていきます。

神の性質はわたしたちが「愛」とよぶものと同じで、もともと全てはひとつで、この世界で別れたもの全てを、愛が一つにします。

私はどこの宗教にも属していませんが、神を信じています。と言うよりは知っているというほうが正しいかもしれません。神という言葉に抵抗がある人は、私の話を「世界の法則」や「愛と心」の話しと思って聞いてください♪

スピリチュアルの本質は、神と一つになること。
言いかえると、愛ですべてを一つにすることです。

そのために私たちに必要なことは、動物や人間、この世界との関わりの中で、悪い心を持たないように、心を清めて愛を持って生きることです。

スピリチュアル(霊的)に生きるということは、
・心を清めて生きていく
・愛を持っていきていく

この2つの大きなテーマに集約されていくと思います。
心を清めるということは、憎しみや否定心、我欲を捨てていくことです。つまり、心の浄化です♪
愛を持つということは、家族や恋人、友人はもちろん、あらゆる人を愛し、思いやる心を育むことです。

キリストや仏陀などの聖人聖者たちやマザーテレサなど、心を清めて愛を持って生きることを教え実践してきた人たちがいます。霊徳を重んじ、人間一人一人を愛し尊重する生き方は人々に勇気や感動をあたえますし、なにより美しいです。

心を清めて愛を持って生きるとすべてが素晴らしく変化します。

そして人は誰でも「成りたい自分に成ることができる」自己実現できます♪ 私は私に教えをくださった方々や、自分の人生の体験からそれを知りました。そしてその体験や気づき、私がこれまで得てきたスピリチュアルな危険を避ける知恵やスピリチュアルな正しい人生を歩む知識をたくさんの人と分かち合いたいと思います。

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心を清めて愛を持って生きる
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天空の庭先 管理人の☆ウリエル☆です♪瞑想歴30年、オーラ見える歴28年、ヒーリング歴29年、浄霊歴26年、オーラ視、浄霊、ヒーリング、などなど、いわゆる霊能力と呼ばれる力を持っていて、占星術など占いの分野やオカルトなど、スピリチュアルな分野に精通しています。 これまでの人生でのスピリチュアル体験から得たことを記事にしています♪ 関わる人全てに豊かになって欲しい。それが私の願いです。 <strong>霊能力が身についたキッカケ</strong> 霊能力と呼ばれる力を手に入れるキッカケは、21歳の時に霊的な師と出会い、ヒーリングを受けた事でした。 私をヒーリングしてくれたその方は、世界を旅しながら無料で奉仕やヒーリングをして生きている方で、日々何十人、何百人と癒していました。その方との出会いをキッカケに、私自身にもヒーリング能力が身についたり、オーラが見えはじめたり、体外離脱を体験したり、成仏出来ない霊を救う能力が発現したり、様々な霊的な体験をしました。それら体験は、この天空の庭先にまとめられています。 <a href="https://arcangel.jp/experience/">体験談</a> <strong>天空の庭先オープン</strong> 2004年に楽天ブログで天空の庭先がスタートしました。 本業はデザイナーで、ふつうに社会で働きながら、平日の夜や週末の休みを利用して、霊的な疑問や相談にお答えする活動をしてきました。 今日までの天空の庭先の歩みはアーカイブのページにまとめられています。 <a href="https://arcangel.jp/archive/">ブログアーカイブ</a> 「☆ウリエル☆」というハンドルネームは、宇宙の運行や浄化を司る天使の名前を借りました。横の2つの☆は当時の楽天ブログでウリエルというハンドルネームがすでに取得されていたために、仕方なく横にくっつけたのですが、この☆のおかげで姓名判断や数秘術でとてもよいハンドルネームになりました♪ 「天空の庭さき」というブログとサイトのタイトルは、天の国のかたすみ、みたいなニュアンスで命名されました。 私は本当の「天国」や「楽園」は、それを求める人の心の中にあるものだと思います。ここを訪れる人たちが豊かで美しい人生を歩むヒントをみつけてくれたらそれは私にとって幸いです。  

プロフィール



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  1. hirohiro

    ウリエルさん

    いつも心温まる記事をありがとうございます。
    2020年に入ってからウリエルさんの記事を見つけ、とても興味深く読ませて頂き、勉強させてもらってます。

    今回の記事の中にあります、”スピリチュアルの本質は、神と一つになること。言いかえると、愛で一つにすることです”
    という一文がとても心に沁みました。
    日常の中で、自分と合わない人とも愛によって少しでも調和できるようになりたいと思いました。

    霊視やチャネリングなどの能力よりも愛で一つにすることが最も重要なんだなとウリエルさんの言葉で
    少し実感されました。
    ありがとうございました。

  2. あんじゅ

    こんにちは、お久しぶりです。

    こちらでスピリチュアルの基礎的な知識や愛を込めて生きる事を学びました。そして2020年に守護霊から心を開きなさいというメッセージが脳内に下りてきて、2022年には自分がスターシードであることに気が付きました。そしてその頃からハイヤーセルフと繋がる感覚があり、より生活の中にこそ学びがあるという事を感じるようになりました。

    これもウリエルさんの天空の庭先に出会えたおかげです。
    有り難うございます。いまも毎日愛の波動で生きると思って日々を生きています(⁠^⁠^⁠)

  3. トトロ

    こんにちは。ウリエルさん。

    投稿ありがとうございます。

    ブログで学ばせて頂いて、数年たちますが今の混沌とした世の中である現在

    だからこそ、「心を清めて愛を持って生きる」がとても大切なことになりますね。

    ご自分の身体を優先にボチボチと投稿を楽しみにしています。

  4. こんにちは。ウリエルさん。
    数年前に此方に辿り着きメルマガ登録しました。介護の最中で母の横で拝見させていただきました。最近、又投稿されたメールを頂き又、ボチボチと読ませていただき、心が落ち着きます。母が亡くなってからショックなことが続き、人生って色んな体験をする為に生まれて来たんだと自覚するになりました。自分に足りない至らなさを感じているところです。瞑想が好きなので瞑想の仲間が欲しいと思っておりましたが一人でもいいか、神様に近づけるのだから、これ以上のことはありませんね。まだまだ、読み切れてなく瞑想と呼吸の記事を今一度読み返したいと思います。
    何だか、安心して読めます。励みになります。ありがとうございます。