想念とは?想念の意味と力、波動は伝達する

幻想的な風景と女性

想念とは?あまり馴染みのあることばではないと思います。想念がなぜスピリチュアルなものとして語られるのか?それは想念が私たちの心のエネルギーであり、自分自身の現実や、あるいは叶えたい夢を実現させることが出来る、目には見えない霊的な力だからです。そして想念は逆に、ネガティブに使ったなら自分を不幸にしたり、相手を呪ってしまうようなマイナスの結果を実現させてしまう諸刃の剣です。想念の仕組みを知り、正しく豊かな人生を実現させましょう。

目次

想念とは?想念の意味

☆ウリエル☆

想念とは想いを宿す念です。私たちの想いは心のエネルギーであり、想い続けた時間や想いの強さによって想念エネルギーが蓄積します。それがやがて物質世界に大きな影響を与えたり、具現化、実現するのです。

まずは一般的な「想念」という言葉の意味について確認してみましょう。

そう‐ねん〔サウ‐〕【想念】 の解説
心の中に浮かぶ考え。
想念(そうねん)の意味 – goo国語辞書

心の中に浮かぶ考え方… いやいや、想念はもっと深い意味やニュアンスを持つ言葉として広まり使われているはずです(笑) 少なくとも精神世界、思想、スピリチュアルな分野などでは。

想念とはなにか? 心に浮かぶ考えには違いありませんが、その本質は「想いを宿す念」、つまりは心の中に浮かぶ考えが念(エネルギー)に宿ったものです。「想念」という概念は原始仏教から存在し、正しい想念は「正念」であり、それ以外の想念は「雑念」であり、想念の存在しない状態が「空」です。

人間の想念は雲のようなものであり、それがすべて消え失せたなら「空」言うならばそれが無我の境地です。

想念とスピリチュアル

スピリチュアルな分野に広まる「想念」という言葉は、世界三大預言者の一人、エドガーケイシーのリーディングに関する書籍(日本訳)の中でたびたび語られています。「人間の想いはエネルギーでありそれは具現化される」といった内容が日本のスピリチュアルな分野に広まる「想念」という言葉の意味に大きな影響を与えています。

エドガーケイシーのもたらしたリーディング情報に強い影響を受けた現代ニューエイジの思想の中に取り込まれ、「思考は実現する」とか「想念は物質化する」など、人間が心に描く想いが実現する仕組みとして日本のスピリチュアルな分野に広く知られるようになりました。

現代スピリチュアルにおいて想念は、人間の想いのエネルギーで良くも悪くもいずれ具現化、実現するものであるということです。

そしてこの天空の庭先でたびたび語られる「想念」は、魔術の概念に従うので幽界(アストラル界)に存在するアストラルエネルギーであり、それは仏教やエドガーケイシーのリーディング情報と中身は等しいもので、「想いのエネルギーが現実世界で実現するもの」として説明しています。

想念の仕組み

想念とは何か?具体的な仕組みを理解する上で、知って起きたい言葉と定義が3つあります。「気」「念「想い」です。

まずは「気」に関してですが、私たちが生きるための基本的なエネルギーであり、その性質はニュートラルです。減ったり汚れたりしますが、このエネルギー自体に善悪はありません。
そして次に「念」です。念は気を動かし方向性を与えるものです。例えば「念願」いちずに想いをこめたり、貯めたりすることができます。そして「放念」など、念を放つことも。
最後に「想い」これは、念により具体的な意味をあたえるものです。例えば「念願」ですが、家を買うとか恋人を作るとか、どのような念願であるのか?それが想いです。

私たち人間は何かをしようと思ったとき、それが感情に基づくにしろ、思考に基づくにしろ、心の中に「想い」が現れます。今日の夜は何を食べよう? どこで食べよう? 春物の洋服を買おう?何色にしよう?どこに出かけよう?あの人と結ばれたい、仕事で成功したい、私たちは感情、想い、思考によってさまざまに頭の中でイメージし、考えを巡らせ、未来を想像します。

このとき、最初は思いと感情からはじまり心に描かれた想像は徐々に蓄積し、具体性をましていくにつれてより大きなエネルギーを蓄積させていきます。想いに対してエネルギーが蓄積していくわけです。そしてそれはやがて現実世界に具現化、実現します。それが想念です。

 想いは具現化・実現する

想念が想いをやどすエネルギーであることは説明したとおりですが、ではなぜ想念によって現実世界に変化が起きたり具現化されるのか?次はその仕組みについてお話します。

これはとても当たり前のことですが、人間は想った後に行動します。 つまりそのこと自体が「想いが実現する」という一番基本的な仕組みです。ここではみなさんの人生に起こっているであろう事柄を例にお話をしたいと思います。

さて、みなさんの人生に何回かの大きな人生の選択があったかと思います。進学、交際の申し込み、車や家などの大きな買い物、結婚、出産、子供の進路、きっと言い出したらきりがありません。

思い起こしてみてどうでしょう?
何も考えたり思ったりしないでいきなり実現したことなどほとんど無かったと思います(笑)たとえば働いてお金を貯めているとき、そのお金を何に使おうか?漠然とイメージしている場合もあれば、ネックレスを買おう、車を買おう、みたいに具体的にイメージしている場合もあると思います。

つまり私たちの想念のエネルギーは日々生まれ、日々蓄積しています。

誰を好きという想いも日々募って抑えきれないほど膨らんだときに「告白」という行動として実現します。もしそれを相手が受け入れてくれたら「交際」という形で実現しますね♪

想い → エネルギーの蓄積 → 実現 ってことです。

蓄積されるエネルギーとは、「気」と呼ばれていたり、目に見えない霊的なエネルギーであるわけですが、これらのエネルギーは完全に物質化しなくとも相手に影響を与えるものもあります。祈りとか呪いです。手かざしや遠隔などで相手の病をなおすヒーラーと呼ばれる人たちも、相手の患部に直接エネルギーで干渉して癒しや回復をあたえます。

つまり、想念は目に見える形で実現しなくとも、相手に干渉したり影響を与えるちからがあるということも理解しておいてください。

想念エネルギーとは?

電化製品が電気で動くように、私たちも霊的なエネルギーで動いています。そのエネルギーは人間の体内はもちろん、この世界全体に満ち、この世界全体を動かしています。それは「気」や「エーテル」などさまざまな名称で呼ばれています。
そして、人間やこの世界を動かすエネルギーにはさまざまな種類が存在します。肉体を動かす生命エネルギー、感情や想念は心のエネルギー、自然や神から受け取る外的なエネルギーなどなど。考えるのもエネルギー、働くのもエネルギー、それで得たお金もエネルギー、自分の時間もエネルギー、生きるのに必要なのもエネルギーです。

想いが実現するというのはつまり、私たちの想いが上に書いたようななんらかのエネルギーを使って物質世界に具現化されるということです。これは古い魔術の概念ですが、意識や感情のエネルギーが幽界(アストラル界)尾)に蓄積してそれが現実世界に発現して物質化します。それはこの物質世界が生まれた成り立ちに等しいです。

つまりこの世界にはもともと想ったことが実現する法則があって、それは特別なことでも何でもなく私たちの日常の中に常に働いている法則のひとつなのです。

 想念エネルギーの蓄積

ひとつたとえ話をしましょう。
働いて貯金をしながらいつか家を建てたいと想っていた夫婦がいたとします。その夫婦の想い(エネルギー)が蓄積して強くなっていき、時間の経過と共に、十分なお金(エネルギー)が貯まると人はやがて行動に移ります。お金の工面をしはじめたり、土地を探し始めたり、不動産屋を当たってみたり。

つまりこの時、家を立てたいという想いはお金という形を持つエネルギーとして具現化し、貯金という形で蓄積するというわけです。もし家を建てたいという思いより、車が欲しいという想いが強ければ、貯金というエネルギーの蓄積は、車という物質に変わって具現化されるかもしれません。

これが想念の物質化です。
「想う → 想念が蓄積する → 物質化する」  これを見て、行動しているのだから物質化するなんて事は当たり前だと思う人は居ると思います。そうなのです、これは当たり前のことなのです♪ 重要なのは、その背後にあるエネルギーの動きに注目することです。

想念というのは人の想いのエネルギーですが、私たちが現実に行動するということも、目的に注ぎ込むのも時間や労力といったエネルギーなのです。購入資金も私たちの肉体や生命が持つエネルギーを労働に使った結果として形を変えたエネルギーであるということです。

もし「家を建てる」という想いに注いだエネルギーが不十分であった場合、 それを行動に移すエネルギーも不十分なので計画は頓挫します。熱意やモチベーションなんて言葉がありますが、つまりそれも想念を物質化するエネルギーが持続、維持できるか?必要量が十分に有るか? ということなのです。

想うことも、行動することも、どちらもあなたのエネルギーです。これは蒸気と氷に似てるかもしれません。想念とは心の設計図であり、ものごとの建設計画と言えます。エネルギーは何にでも形を変えられる素材とか材料のようなもので、十分なエネルギーさえあればどんなものでも具現化、物質化します。

成功した経営者や一流のスポーツ選手たちは強い想念と想念エネルギーを持っていました。自分が実現したいことをハッキリと想い描き、そこに自分自身や一緒に取り組む人間たちの想念ネネルギーを集約し蓄積させたのです。

想念を観察すれば人生の道筋がわかる

想いが実現するという仕組みから言えば、自分自身が日々、いかなる想念を蓄積させているか?いかなる想念を何に向けているか?自分自身の想念を観察すれば、自分自身の人生の道筋があるていど分かるでしょう。

例えば、30歳までに結婚するという想いを持っていたとして、それが口だけでなく強い想いと行動によって積極的に動いていたなら、実現する可能性は高いと想います。あなたが日々何を想っているか?たとえば今日という1日で何を想っていたか?自分の想念が何に向かっているかを簡単に書き出してみればどういった人生に道筋が向かっていくのかを知るキッカケとなります。

たとえばこの記事を書くこれまでの私の想念は、会社での仕事に60%、家庭に20%、その他10%、天空の庭先(このサイト)に10%といったところだと思います。
この割合がかわらなければ、1年後、3年後、5年後、あるいは10年後も仕事中心の人生という流れは今と大して変りはないかもしれません。

しかしながら、子供が手を離れたり、会社の仕事が落ち着いて、このサイトに振り向けられる想念がもっと大きくなれば、このサイトももっと大きくなって知名度もましているかもしれませんね(笑) 私の中の天空の庭先に記事を書くというこの僅か10%の中に含まれる想念と行動の10年の積み重ねが、ただの個人ブログから月間数万人をあつめるサイトへとこの天空の庭先を成長させた想念エネルギーです。

この記事を読むあなたの想念が何に向かっているのかを、ぜひ観察してみてください♪自分自身をより深く知るためには、内省がオススメです。

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人の想念の波動は伝達される

人の想念には波動とか波長のようなものがあり、電波のように行き交い互いに伝達し合っています。私たちの想念はどこにあるのでしょう?

例えば何かを想像しているとき、なにかの想念がうまれた最初の段階では私たち自身と繋がってもやもやってまとわりついている感じです。誰かのことを想えば飛んでいきますし、想いなので手放したり捨てたりすることができます。

私たちの肉体は物質なので距離などの空間的な制限を受けますが、「想念」は心の領域のエネルギーなので、遠くからでも想った対象に波動を伝え影響を与えます。

想念の波動がどの程度影響を与えるかは相手側の受信能力にも依存するために、一般人の間では「想念」で人を呪い殺すようなことはあまりありません。希に、想念エネルギーに過敏な人とか伝達されやすい人は強く影響を受けることもあります。

波動が近いほど受信は容易で波動が違うほど受信が困難です。例えば双子とかが強いテレパシー能力をもってたりするのは互いに近い性質の想念をもっていることも大きく関係します。悪霊や浮遊霊も自分に近い波動をもつものに干渉します。同じような悲しみをもった人だったり、同じように怒りっぽい人など似た波長の人間にとり憑きやすいです。

想念の伝達

日常のちょっとした思いでも、軽く念を送ってる場合は多いです。好きな人のこと考えてたり、家族のこと考えてたり、良くも悪くも日々さまざまな念を送信しながら人間は生きてます。

想念は呪いにも成りますし、祈りにもなります。そして相手に伝達し影響を与えます。

想いが実現するという想念の力を使っても、何もかもが思い通りになるわけではありません。なぜなら、自分と同じように他人も想念を使っているからです。ですから、互いにわかり合うことは重要ですし、互いにエネルギーを相殺するような争いや摩擦は避けるべきですし、多くの人が目的を揃えることでより大きな想念が蓄積し、物事は円滑に進むようになります。

スピリチュアル的に言うのであれば、悪意は想念の段階ですでに相手に影響を与えるので、本当に正しく生きようと思ったら、想念を、心を正す必要があります。

想念の受信

想念の受信については波動の合うものを受信しやすいです。人間だれしもがあらゆるエネルギーを受信をするアンテナのようなものをもちます。極端な例を言えば、善人には神の声が聞こえ、悪人には悪魔の声が聞こえ、UFOコンタクティーには宇宙人からメッセージが届くなどです(笑) ひとえにこれも想念の波長とか波動によるものです。

受信の能力に関しては、霊的な力や感性によるものも大きいのですが、自分の意識の向き先によっても受ける影響は変わります。

例えばテレビで悲しいシーンとかやっててそれを見てると涙が出てくる、これはその事柄に意識を向けるからおこりゆることなんです。同じテレビの悲しいシーンでも家事の片手間などに見てるようではとても泣けません(笑)自分の意識の向き先により強くフォーカスすることで、より多くの情報やエネルギーを受け取るということです。

想念も同じで、フォーカスした対象から想念エネルギーを受け取りやすくなります。
それによって以心伝心が起きます。

想念を浄化すると人生が変わる

自分の行いが、自分に戻ってくる。この天空の庭先ではカルマの法則についてたびたび語られます。カルマの法則とは簡単に言うと、盗んだ者は盗まれ、殺した者は殺され、助けた者は助けられる、自分の行いには必ず報いが訪れるという法則です。この法則は想念にも大きく関わっています。

「私たちは行った行為によって結果を与えられる」
「私たちの行いは行為より動機によってより計られる」

想念が関わるのがこの動機の部分です。

想うことも行動することも同じエネルギーであるならば、私たち人間は、人を殺したいと強く想ったとき、少なからず相手に攻撃的なエネルギーを送りつけています。そしてそのエネルギーはカルマの法則に従いいずれ自分に戻ってきます。「人を呪わば穴二つ」という言葉がありますが、正にそれです。誰かを呪ったならそれと同じエネルギーをいつか自分自身が身に受けるということです。

私たちが自分の人生を平和に、豊かに過ごしたいと願うのであれば、人に対しての否定的な想いを捨てて、他人に恨まれるようなことはせずに生きることです。

それは「心を清めて愛を持って生きる」ということです♪

 想念の具現化、実現

私たちが心に思い浮かべる感情や思考などさまざまな想いが、目に見えずとも想念というエネルギーとして存在し蓄積することがお分かり頂けたと思います。祈りや愛はもちろん、殺意なども強く想ったなら目には見えずとも想念エネルギーとして存在し、いずれ相手にも自分にも影響を与えます。

イエス・キリストは「淫らな想いで他人の妻を見たらすでに姦淫の罪を犯している」と教えているのは人の動機や想い、つまり想念にもカルマの法則がはたらくということを言っています。

さて、ここからは余談です♪
イエス・キリストや、偉大な聖人聖者が起こしてきた奇跡も想念が物質化するという力によるものです。病を瞬時に癒やしたり、水の上を歩いたり、死者を蘇らすなどです。現実的にそれが可能なのか?で言えば限りなく難易度は高いでしょうが、スピリチュアル的には不可能では有りません。

私たち人間の多くは、自分は肉体の中に在る有限な存在だと思っています。やがて死に至るのでその認識はある意味正しいです。ですが私たちの魂は永遠で無限の存在です。

イエス・キリストや過去に奇跡を成した聖人聖者たちは普通の人間と大きく異なっていました。彼らは無限なる本質、つまり自らの魂や神とつながっていたために、想念を物質化するにあたって必要な時に必要なだけエネルギーを引き出せたのです。

つまりそれは、エネルギーを貯めるというプロセスを省略して、神のエネルギーによっていきなり物質化を行うということです。それによって水を葡萄酒にかえたり不治の病を癒やしたりさまざまな奇跡を瞬時に実現させました。イエス・キリストは、信仰心があれば山でも動くと言っていましたね。

神の無限のエネルギーが想念エネルギーへと変換されて物質化するからです。

神の無限のエネルギーに繋がるためには、絶え間ない自己浄化と、瞑想がオススメです。ですが、神の無限のエネルギーと繋がれば大金が具現化出来るみたいに思っていたなら、その想いが「雑念」となり、神と繋がるさまたげになるので、正しい動機と行いによって神へと歩み寄ってください。

瞑想はシリーズで危険性や効果なども説明しているので興味のある方は参考にしてみてください。

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この記事を書いた人

天空の庭先 管理人の☆ウリエル☆です♪瞑想歴30年、オーラ見える歴28年、ヒーリング歴29年、浄霊歴26年、オーラ視、浄霊、ヒーリング、などなど、いわゆる霊能力と呼ばれる力を持っていて、占星術など占いの分野やオカルトなど、スピリチュアルな分野に精通しています。
これまでの人生でのスピリチュアル体験から得たことを記事にしています♪
関わる人全てに豊かになって欲しい。それが私の願いです。

コメント

コメント一覧 (11件)

  • こんにちは。たくさんの素晴らしいことを教えてくださってありがとうございます。こちらの記事を読ませていただきまして、いままで私がいろいろ思ってきたことが、すごい一気に腑に落ちました!たくさんのことを教えてくださりありがとうございます。引き続き他の記事も読ませていただきたいと思います。

  • 「すみません。こんにちは」「誰かいますか」と ホームレスの人のテントに向かって声をかけました。

    返答はありませんでした。

    「また来よう」と独りごとを言ったとき、不意にデジャヴを見た気がしました。

    うん?この場面ってなんか前にもあったよなあと。

    家に帰ったあとにふと思い出しました。

    それは、随分小さかった頃、お母さんと一緒に公園に遊びに行ったとき。

    「なぜテントがあるの?」とお母さんに聞いたら、ホームレスの人がいるからだよ。と返されました。

    「なんで助けないの?」とまたお母さんに聞きました。お母さんは「じゃあ、声をかけてみる?」と言いました

    当時の私は勇気がなくて「やっぱり、いい。」と言いました

    そのやり取りを聞いていたかどうか、分かりませんが、近くのお姉さんたちが、ホームレスの人のテントに向かって

    話しかけました。今日の私と同じように。

    正直に言います。私はその勇気に少し嫉妬を覚えていました。

    だから、ごめんなさい。うまくいかないといいなとか思ってしまっていました。ごめんなさい。本当にごめんなさい。

    お姉さんたちの人生がうまくいっていますように、うまくいきますように、幸せでありますように。

    今はそう思います。

    そのお姉さんたちは、諦めずに声をかけ続けていました。本当に尊敬に値します。

    「また来ようと」お姉さんの一人が言いました。

    当時の私はそれを、凝視しているだけで、なにもできませんでした。

    今日、それを思い出して、

    もしかしたら、このかた(テントの中にいる人)は、10数年にわたり、長い間テント暮らしをしているのではないのか、

    そしたら、相当 私も長い時間をかけて、人間関係をつくっていかなければならないなあと感じました。

    つまり、毎日声をかけ続けて、このかたが心を開いてくれるまで、まつようにすることが大切なのかなあと思います。

    それにしても、独りでここまで生きてこられているというのは、本当にすごいなあと。

    明日は、もっと素敵な言葉をかけることができたらいいなあと思います。

    ここに報告するのは、また何か進展があったらにします。

    想い続ければ、実現する。それを信じたいです。

    私の愛は、マザーテレサさんのようには、ウリエルさんのようには大きくないかもしれないです。

    でも頑張ります。

    いつもありがとうございます。愛をこめて。

  • 「心を清めて愛を持って生きる」と言うのは、具体的に何をすれば良いのかが分かりません、、、例えば、瞑想する、とか祈るとか、感情を感じ切る、とか、基本的な生活習慣を正すとか、そう言うのはテクニックとして知っていて、そう言うのは意識して出来ます、、、でも他には、心を清めるのは具体的に、どうすれば、???、、例えば湧き上がってきた自分の悪い想いやネガティヴな感情をダメだと思って否定したら自分が苦しくなります、、塩を持ち歩くとか?、ヒーリング受けるとか、、又、「愛を持って」というのは、自然に普通にしていて「愛」が湧いてこなくても、本当は嫌だな、と思っていても、愛を与えようと少し努力頑張ることですか??、、人には日々生きていていろんな些細なことでも沢山の選択肢があり、自分の行動で、、迷うことが、沢山あり、、、、ます、、。色々学ばせて頂きます。ありがとうございます。

    • 私も同じような考えを持っています。
      どうしようもなく湧き上がる感情はどうやって断ち切ればいいのか?
      愛を持てって言われても持てない場合はどうすればいいのか?

      みたいに。仮説で私も未熟なのでこれらは予想ですが、
      まずそういうのはカルマによる苦しみであること、また試練であること
      その上で、人生や、ブログの知識を吸収して、自然に清らかになること。例えばカルマの法則を完全に理解した人が殺人を犯すか?殺意が攻撃的なエネルギーだと完全に理解している人がそういった感情を積極的に持つか?愛を与えることが有益だと完全に理解している人は愛を与えないのか?

      どうすればいいのか?と思うのは多分、私たちはまだ理解が足らないからなのかもしれません。失礼しました。

  • ウリエルさんのお言葉☆ 成功した経営者や一流のスポーツ選手たちは強い想念と想念エネルギーを持っていました☆
    タイガーウッズの「相手の成功を願う」があります。
    天才のメンタルはやはり強いです。
    塩を持つより遥かに有効な魔除けになります。

  • 今日も遊びに参りました♪

    想念ってすごいですね。
    『神は人へ、神と同じ創造の力を与えられた』と、どこかで聞きました。

    私にとっては、つつましくとも自然豊かな地で暮らせるこの暮らしが性に合っていて、あまり大した欲もなく、世間的な大きな成功などとは無縁の者ですが(笑)
    それでも、想いが現実になるという事については、しみじみとそうだなぁ〜と思うところです。

    想念…といえばですけど、人付き合いにおいて、あまり親しく話したことがなく、お互いをよく知らない人から誤解される?ちょっと恐がられてる?みたいなことが時々あります。
    相手も私の何かを察知してか、はたまた、ただ苦手に思うかだと思いますけど、マイナスな感情で思われてるのだけは伝わってきちゃいますね…( ´_ゝ`)
    そういう人には、機会があれば親しくお話ししますが、そうでもなければ、あまりそばに寄らないよう、そっと離れてあげるようにしてます。嫌われてるのでしょうから(爆)
    だけど時に、一体私が何したってのよ(`ε´)ってなる時もありまして…(笑)

    ウリエルさんの記事と内省のリンクも、今の私にはありがたかったです。
    あらためて、自分がどんな思いをもっているのか点検して心を掃除して、関係が微妙な人や敵(⁈)にこそ、幸せを願い、良い祈りを捧げないとなぁーーと反省してました。

    ウリエルさん、今日もいつもありがとうございます♪✨

  • 以前、コメントをした者です。

    去年の12月1日の夜に、気持ちの良い感覚になり、わけのわからないことが起きました。
    左のコメカミと周りから声が聞こえて、色々な話をされたり、霊体(意識体)みたいなものに胸を刺されて痛みが出たり、目を刺されて、涙が出たりしました。

    病院に4ヶ月以上も入院させられました。

    病院に運ばれた時、救急車に乗せられたのですが、救急車の隊員の人の顔(2名)が、変な顔と思った瞬間に別人の顔に変わってしまったり、1週間前に髪の毛を剃ったのに、5センチ以上伸びてたんです。

    わけのわからない体験でした。
    12月1日から起きたことを詳しく書くと、もっと長くなります。
    パラレルワールドを移動したとしか思えないです。

  • ウリエルさん
    お久しぶりです。
    何年も前ににも苦しくなりあれこれ調べていたらコチラに辿り着いたんです。
    今、病院で闘っている父のことで辛くてコメントを書いています。
    この記事のことが心に残っていたので、父に乗り越えてもらいたくてパワーを届けてたくて寝ている以外はずっとガンバレを想い続けています。
    改めて記事を読み返してみました。

    想いは、エネルギーは伝達する!
    信じて送り続けます。

    ありがとうございます!

  • 私は生きづらさを抱えているのですが、
    いつも身の回りの物質的なことばかりよくしようと考えていました。

    しかし最近自分の内面の問題だ、自分の中が暗いからこうなってしまっているのだ、と思うようになりました。
    思考に気をつけなさい、で有名なマザーテレサじゃないですが、想念、つまり心のありかたというのは、ダイレクトに人生、心身に影響するということなんだなあと思いました。

    努力するなら己の心を洗う努力をしようと思いました。

  • 悟りの言葉だけあって体得者がそんなに居ない
    少しばかり非凡になったところで教えてくれる存在も知覚できない

    私達は皆話を聞けずに理解できずに自然なる運行、理、
    星や宇宙の理に納得できない気持ちが具現化した当体でしょうか

    理不尽に傷付けられたように見える人を助けたかった
    理不尽に騙されてるように見える人を救いたかった
    本心はそう思ってると思ってましたが

    自分が1番大切だと思う気持ちで大した生きられていない
    本当の自分の心で大した生きられてなかった

    真の自分がなりたい自分ではなく、自分可愛さ故に小さな我執の檻に閉じ込められまた誰かの言葉にはっとしました

    誰もが同じような民と思えばまた多くの人が間違える
    聖徳太子等はおそらくはそこら辺を考えられて差異を設けたのかと思います

    人は喰らわなければ生きられないという存在として生きていますが偉大な人達は最後にその一分の罪を浄化したんでしょうか

    因果を受け入れられずにわからずに生まれて
    因果の奥にある宇宙創生の理由である長遠な思いやりに帰結するのでしょうか

    悟りの言葉だけあって先を教えてもらってまだここだと気付かせてくれる世界に産まれた事を返したい一瞬の気持ちが降り注いでいつか全てに春がきたらいいなという
    これまた一瞬の気持ちだけかあります

    先を行く人に感謝します
    まだまだ子供な自分ですが
    また、小さな自分を認められる度に目の前の壁が見えてきました

    調子に乗って魔術を使っていたのを忘れていました
    救いたい人を救うという名目で
    正しさや優しさを伝える名目としての偽物の自分と正義という名目で
    恥を知る事ができました

    自分と大差無い人達が生きるこの世界を少しだけ、
    好きになれたような気がします

    きっかけをくれたのは悪い想念を抱かせてくれた
    ほぼ純粋な悪をその心を宿す人です
    自分の中の白く飾った奥にある悲しみの黒を見つけられました

    自分も自分だけが可愛いという心はそういう人じゃないと
    きっと教えてもらえなかったんだと思います

    またすぐにあまりに酷いことをされると誰かを恨んだりするかもしれませんが
    なんだかやっと言葉だけの悟りに近づけたたと思います

    受肉して生きてみて過去の魂を引きずって
    全ての人間がいつかこの星で本当の自分で生きられる星になればいいと思います
    未来永劫誰にも届かなかったとしても
    それでもいいと思える心は一瞬でも
    それを大事にまた少し生きてみます

  • 想念と因果応報について

    ここに来る人達とその人の周りの人達が
    良い心を持ったのになんだ!
    と闇に落ちてしまわないように不器用な補足させてください
    それは世界に影響しますし、
    誰かを見殺しにした上での想念は神様や仏様の加護もなく、
    因果応報と異体同心であることが本物の神仏ですので
    よもやよもや、善なる心のつもりが悪心でしかないとは
    よくある事です。

    ①まず想念、こころとは?
    良し悪しや思慮深さはさておき、
    【今の自分にとって】心地よければ良い、
    善だとして疑わず生きている方がとても多い今の世です。
    もうそれに惑わされますね。
    それはこの世界を知らないからです。
    みんなそうなんだから、という罠です。
    正解がどこにもないように思えるこの世界で、
    正解はどこにあるのでしょうか?
    それは本気で正解を導き出したいという
    想念を抱いた人の心の奥底にまずあります。
    そして本気の人は本気の人、そうじゃない人を
    見分けられます。
    ※誤魔化しや嘘や自己正当化のカルマが重いのは
    それが大きな罪だという事です

    ②偽りなき想念とこころとは?
    良いこころはどうしたら持てるのか?
    幸せになりたい気持ちだけで良い想念は持てないのは
    当たり前です。
    自分さえ良ければいいという気持ちは、
    周りの人を傷付ける事すら無視する気持ちは
    見ようともしない、反省もしない、
    そんなこころが善なわけがありません。
    ※自分が犯した全ての過失を認め、
    出来るだけ償いをしない限りは悪しき結果は膨れ上がります
    つまり本当に良い想念を抱ける人とは自分以外の人の
    悲しみや苦しみをどれだけ認めて受け入れて
    あげたかによります
    ※皆同じ時に産まれ似たような理由で苦しめられます。
    誰かが立ち上がらなければならない時に
    皆の為に立ち上がる人は当然評価されます

    ③ただ幸せになりたい、それでも悪くはない。何故?
    人は人の気持ち、人界。
    楽しく嬉しい充実した気持ち、天界。
    まずこの二つに至って初めて自分の悪を反省できたりします。
    余裕が産まれるからです。
    ※でもそれでは六道輪廻という終わりなき
    快感と不快の旅の果てに結局不快エンドです
    その上が人間にはあります。四聖といいます。
    声聞【神仏の想いを聞ける】
    縁覚【世間から神仏の知恵を得られる】
    菩薩【神仏と同じように行動する】
    仏【菩薩の行いを経て悟る】

    ※※本当に力のある尊い存在とは、
    この世界の因果応報と同じ心です。
    親のこころで、求めない愛です。
    ですから、あなたが理不尽に傷つけられたことに対して、
    相手をダメだと思う気持ちは間違いなわけがありません。
    因果応報の理由と同じ、本物の愛だからです。
    これは本当に良い想念で生きている人ほど、
    優しい人ほど持っています。
    今はまだ、他人に対する思いやりが無い人を
    責めるわけではなく、
    かつて全ての人がそうだったんだす。

    因果応報という全ての尊い存在、神や仏が大切にする
    法則の理由は
    ありとあらゆる人たちに思うようにやらせてみて、
    人を理不尽に傷付ける事はそれ以上に
    自分と周りを傷付ける不幸の連鎖と気付かせる
    不可侵なシステムです
    本物の因果や神や仏はあなた達の心の中にいます。
    ですから全ての誤魔化しは通用しません。

    ※※※自分だけが良い想念を抱こうとする者など、
    因果さん「それ全然違うからね」となります。

    ④おまけ
    おそらくすごく下手くそに偉そうに語りました。
    私は独裁者を裁く罪を背負った愚かな戦士の魂です。
    でも私の本心は、常不軽菩薩という存在にありまして、
    その心は全ての魂を救った後になら
    自分も魂の故郷に帰るという凄まじい存在です。
    ※※※※
    想念から産まれる想いが因果応報すら気にしない事もあります。
    誰かを助ける為に、自らの身を多少汚してその手を
    掴みに行くことだってあるんです。
    そういう本物じゃないと、人の心も自分のこころも
    動くはずがない、その資格がない
    この地球という牢獄は偉大な魂の優しくも強い翼で
    護られ続けた学校だったと
    因果応報とはそうしてくれた莫大な愛と確信できた時は心は共にあります

    ウリエルさんの尻馬に乗っかるような恥ずかしいマネなんて
    皆が幸せになる事に比べればどうでもよかったです。
    すいません。

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