怒りをスピリチュアル的に説明すると?怒りが収まらない!怒りをぶつけられる。
怒りという感情の本質とはなんでしょう?スピリチュアル的に説明すると?怒りは火のようなエネルギーで、ちょっとしたキッカケで燃え上がったりします。
火は人や自分を傷つけたり命を奪うこともありますが、正しく使えば料理や大きな機械を動かしたり、私たちの暮らしを便利にしてくれます。
「怒り」という感情は、攻撃性を生み出したり人の精神を錯乱させるので悪い印象を持たれる場合が多いですが、スピリチュアル的に言うのであれば、「怒り」そのものはただの状態であり、それを人を攻撃するために向けるのか?はたまた悪しきを是正するために正しく使うのか?動機や使い方が重要です。
【目次】
怒りとは?
怒りは感情のエネルギーで、属性でいえば炎、正しく使えば正義を貫く大天使ミカエルの炎の剣となりえる力です。
怒りとスピリチュアルの関連性のお話をするまえに、まずは前提となる言葉の定義を確認しましょう。
怒り(いかり、英: anger)とは、人間の原初的な感情のひとつで、様々な要因・理由で起きるもの。例えば目的を達成できない時、自分の思い通りにならない時、身体を傷つけられた時、侮辱された時などに起きるものである[1]。憤り(いきどおり)とも言う。特に激しい怒りは憤怒(ふんぬ。忿怒とも)と言われる。用言、動詞的な表現としては「腹を立てる」「立腹」「カッとなる」「頭に来る」とも。また、一部の動物(イヌ、ネコなどの哺乳類、鳥類、その他)も怒りの感情を持つ。
Wikipedia
怒りとは、怒る(おこる)こと、腹立つ(はらたつ)こと、憤り(いきどおり)を感じることなど、人間の原始的な感情と言われています。怒りには内的な要因でわきおこるものと、外的な要因でわきおこるものがあります。
例えば、目的を遂げられなかったり、自分の思うように事が進まないなど、自分自身に起因するものが内的な怒りです。ゲームで失敗したり、プラモデルをうまくつくれない、自分の意見がとおらない、人が自分の思うとおりに動いてくれない、感情のコントロールがまだうまくできない子供たちによくあります。
そして外的要因による怒りとは、痛みを与えられたり、心身を傷つけられたり、侮辱されたり、否定心を向けられたり否定的な行動をとられたときによくわきおこります。
内的要因、外的要因、いずれの要因にしても怒りという感情自体は自分の内側から湧き上がります。
人間の体には霊的なエネルギーを扱う7つの霊的中枢があります。それはチャクラと呼ばれるものです。怒りのエネルギーは第一チャクラから上昇し、怒第三チャクラに蓄積してゆき、それがいつか忍耐や我慢に耐えかね第一チャクラの「衝動」的なエネルギーと結びつき大爆発を起こします。
チャクラについて詳しく知りたい人はこちらの記事が参考になります。
怒りの性質は年齢と共に高度になります。
- 幼児期は
食べられない、眠れない、やりたいことをやらせてくれない、つまりは「自分がしたいこと」がおもな怒りの原因になっています。 - 小学生ぐらい
「自分がしたいこと」という感情をもちながらも、成長とともに離れていく親との距離や集団のなかで自分が注目されないことなどに怒りを感じるようになります。
この本質は、「愛を得たいけど得られない」といった感情です。 - 中学生・高校生
年齢と共に義務や規則が増え、自分を従わせようとするもの、自分を精神的に拘束するものにたいしての怒りが大きくなります。親や教師に反抗するのもこの時期が多いです。 - 大人
社会情勢・政治・職場環境・自分が認識でる範囲で自分に不利益がおきるあらゆるものが怒りの対象となります。例えば税金のアップ、ボーナスのカット、職場のライバル、いうことを聞かない子供、それこそなんでもです。ただし、何でも怒りの対象になるからといって、何にでも怒るわけではなく、年齢とともに培われていく経験や、忍耐によってあるていど怒りを制御しながら日々を過ごしています。
怒りをスピリチュアル的に説明すると?
スピリチュアル的に言うと怒りは感情のエネルギーの一種で、この原始的なエネルギーは人間の生命エネルギーと共に第一チャクラに対応しています。そして感情エネルギーはプラスに転換すると上位のチャクラへと上昇し、目的に応じて全身に分配されて利用されます。感情のエネルギーがマイナスに転換すると第三チャクラに蓄積します。ストレスでお腹周りが重くなったり痛くなるのはそのせいです。
第一チャクラには怒りのほかにも対応する感情があります。それは「衝動」です。怒りのエネルギーは油やガソリンのようなもので、なにかキッカケがあれば大きく燃え上がったり爆発したりします。
つまり、怒りのエネルギーが持つ性質はおもに2つあります。
- 怒りは蓄積する
- 怒りは爆発する
怒りはネガティブな感情のように説明されることが多いですが、決してそんなことはありません。怒りによって起きる正しい行いもありますし、大切なのは動機と行動です。
すごく解りやすく言うと、ギャンブルに負けたことに怒ってまわりに当たり散らすなどは、動機も行為も間違っていますが、不正に対して怒り、それを是正させるために爆発させるとかであれば、動機も行動も正しいです。ですが気をつけなければならないのは、動機と行為が正しくても、結果として人を傷つけてしまうことがあるので注意は必要です。
だからこそ…
怒りという感情は制御され、そのエネルギーは必要に応じてコントロールされることが重要なのです。
静かな心とは波ひとつない水面のようであり、怒りは雷を伴う嵐のようなものです。怒りによって乱れた心はまるで嵐の海のようにように波打ちます。怒りが自分に向くようなケースにおいては、自己の内なるエネルギーを消耗し、心と体に負担をかけることがあります。頭痛や腰痛といった体調不良を引き起こすこともあります。
怒りは私たちの内から湧き上がるエネルギーです。怒りはときに収まり難く、嵐となって私たちの心を揺さぶります。ですが、これはスピリチュアルな成長のチャンスであり、怒りを収めることで内なる平和と調和を取り戻すことができます。
怒りをぶつけられる状況や怒りをぶつけられやすい人々は、スピリチュアルな視点から言えば、それもまたカルマの浄化や学びの機会でもあります。怒りの爆発もまた、その怒りエネルギーを解放し、感情の浄化をもたらすプロセスの1つです。怒りを手放すことで内なる平和が回復します。
怒りという感情は、他の感情や悲しみとも結びつきます。これらの感情は私たちの内なるエネルギのーコンパスであり、怒りやその他の感情を知ることはスピリチュアルな成長の一環です。怒りを経験することで、私たちは自己認識を深め、第一チャクラの放つ「赤いオーラ」のエネルギーをコントロールし、勇気と決断力を養い、ポジティブな行動力へと導かれるのです。
怒りが収まらないときのピリチュアルな対処法
怒りが収まらないとき、人間誰しも経験はあると思います。
怒りが制御され、そのエネルギーをコントロールすることが重要だとお話をしましたが、それは決して容易ではありません。なぜならば、怒りが湧き上がるとき、それはすでに燃料に火が付いた状態だからです。
そして多くの人はその燃えるエネルギーが自分を焼く前に外へと発散します。怒鳴ったり怒ったり殴りかかったり。普段からより多くの怒りの感情を蓄積させてる人が、第一チャクラのもつ衝動的なエネルギーと組み合わせで発散させるとき、いわゆる「キレる」という状態に陥ります。
「堪忍袋の緒が切れる」なんて言葉がありますが、この構造はたしかりあります。第三チャクラに蓄積している感情のエネルギーは普段、愛や理性と行った上位のチャクラによって抑圧されたりコントロールされているのですが、大きな怒りをキッカケに第一チャクラからエネルギーが津波のように上昇したとき、第三チャクラのダムを決壊させ、それは第四チャクラ(愛)、第五チャクラ(意志)の防波堤をいとも簡単に突き崩し、第六チャクラ(理性)の目をくらませ、覚醒前の第七チャクラに打ち当たり跳ね返るかたちで、頭の中で大災害をおこします。
キレて頭が真っ白になって周りが見えなくなる状況とはスピリチュアル的に言うならばこのようにして起きます。
このとき、殺人鬼をぶん殴って気絶させたとかなら英雄的な行為のように見えますが、利己的な思いで無関係の人を巻き込み傷付ける、とかであれば良いはずがありません。
怒りを制御する方法
怒りが制御、コントロールできないひとはどうしたら良いのでしょう?いくつかの方法があります。
- 寛容な自分になる
- 怒りを蓄積させず定期的に発散する
- 自己浄化する。
怒らないために寛容な自分になる
これができるなら一番よいですよね♪ はなから怒らないのであれば、怒りの感情やエネルギーを蓄積させることもありませし、爆発することも無いでしょうから。ただ、ある意味ではこれが一番難しいです。これができるなら最初から苦労しないというか(笑)
ただ、多少は意識的に行うすべもあるので心がけてみてください。
寛容になるためにすべきことは2つあります。ひとつは自分の内に愛を育むことです。自分を愛することができれば、自分自身の内からおきる内的な要因への対処が容易になります。そして人を愛することが出来れば、他人や環境など、外的要因へのキャパシティーが増します。そして何より、愛はマイナスエネルギーを相殺することができるので多少の蓄積もあとから消化させることができます。
そしてもうひとつは、より多くの経験をするということです。こんな体験はありませんか?なにかをキッカケでAさんにもの凄く腹を立てていたけど、機会があってAさんと話をし、Aさんの主観で話を聞いたらすごくまっとうだったので怒りも収まった、みたいなこと。
多くの場合、一方的な否定心は情報と創造力の不足によっておこります。
情報が不足していてもそれを創造力で補えるなら、話しを聞かずともAさんの主観を理解し、最初から腹が立つこともないかもしれません。そしてこの創造力を強力に補うものが経験です。この経験という言葉の中には、「知る」ということも含まれているので、それは事前情報とも言えます。
十分な経験は人間の寛容さにつながります。、電車で大声で泣いている赤ちゃんがいるときに、嫌な顔したり怒る人がたまにいますが、年寄りや育児経験者は場を和ませるために話しかけたり微笑む人が多いですよね。
たとえば親と一緒にそういった場面の両方を子供の時に経験していたなら、子供でも若者でも、寛容さを選択できると思います。
つまり…
経験と愛は寛容さにつながるということです。
あと、ひとつだけ補足ですが、冒頭でもお話した通り、怒り自体は悪い感情やエネルギーではないので、寛容すぎてなにも行動しないのであればそれは「停滞」とか「弱さ」であるとも言えます。
怒りが制御され、そのエネルギーがコントロールされているという状態は、自分で自由自在にできるのが理想です。つまり、キレてないけど、怒ってるふりができるとか、それを正しい動機と行為によって装い、正しい結果が引き出せるということです。
怒りを蓄積させず定期的に発散する
怒りの感情を発散させるのは意外と容易です。感情を乗せてサンドバックを殴れば全てでは無くとも発散は可能でしょう。スポーツやカラオケなども良いと思います。ただし、発散させたとしても、本質的な改善には繋がりません。本質的に改善させる方法は1です。原因そのものを解決させること。争うに起因しているなら勝つか和解することが必要です。原因を無視したり飲み込めるほどに強い自分になることで解決させられる場合もあります。
自己浄化する
自己浄化に最も良い方法は、内省とか呼吸ですが、それはまた後程説明します。普段から出来ることは自己節制とか生活習慣を正すことです。食べ物の栄養が不充分だったり、睡眠が不足していると当然ですが怒りっぽくなります。部屋も綺麗に片付いている方がストレス値が上がりにくいです。心にゆとりが持てるような生活を心がけましょう。
怒りが、腰痛、頭痛などの体調不良や病を引き起こす
スピリチュアルな分野では、ストレスなどのネガティブなエネルギーをためこむと、体調を崩すみたいな話しはよく聞きますが、怒りを伴うネガティブな感情エネルギーで体調を崩すことはあります。マイナスエネルギーは自分自身に蓄積します。怒りがポジティブな正しいエネルギーであったとしても、そのエネルギーは瞬発性が高く、膨大なエネルギーが一気に上昇したり、全身を駆け巡るため、体のエネルギーラインやチャクラに大きな負担となります。
怒りでおきる頭痛のスピリチュアルな理由
怒りによって起きる不調で代表的なのは、頭痛とか目眩です。体のセンターラインのチャクラは、太いエネルギーラインで結ばれているため、怒りでキレるみたいなことが起きると第一チャクラからいっきに頭頂までエネルギーが上昇します。それはまさに頭に血が上ったみたいな状態です。
もちろん、なんともない場合もありますが、頭部への影響はとくに大きいので注意が必要です。
怒りとは関係なく、原因不明な頭痛がある人はこちらの記事が参考になります。
怒りでおきる腰痛
そしてもう一つ、怒りで起きる体の不調でよくあるのが腰痛です。こちらは頭痛とはことなり、ジワジワと自己の内に蓄積するネガティブなエネルギーによって引き起こされます。それは破壊的な衝動であったり、憎しみです。それが第三チャクラに蓄積すると、はじめはお腹のあたりが重くなりますが、それがデフォルトになるとやがて背骨のエネルギーラインや裏チャクラに影響を与えはじめます。
腰痛に関してはこちらの記事が参考になります。
怒りをぶつけられるスピリチュアルな意味と理由
自分自身の怒りのコントロールは重要ですが、もう1つ留意すべき点があります。それは外的な要因、つまりう自分に怒りを向けてくる人たちです。
世の中には怒りっぽい人たちがいて、怒りっぽい人たちに怒りを向けられやすい人たちがいます。
怒りをぶつけてくる人、 怒りをぶつけられやすい人
怒りをぶつけられるスピリチュアルな理由は、本質的なことで言えばカルマの法則によるところが大きいです。
カルマの法則は、原因と結果の法則とも呼ばれています。人から盗めば自分も盗まれる、人を殺せば自分も殺される、人を助ければ自分も助けられる。自分の行いが自分に報いとなってかえってくるという法則です。
身の周りに怒りっぽい人がいて、縁を切りたくても切れない場合、それはカルマの法則による浄化と成長の機会であるかもしれないので、受け入れて解消に努めましょう。
その上で、怒りを向けられやすい人たちはこれから書くようなことを顧みてください。
- 客観的に見て自分に過失がないか?
- 怒りを理不尽に向けられてしまう弱さが自分にないか?
- この問題を解決する本質的な答えはなにか?
自分の主観でものごとを考えるのはすごく当たり前のことです。ですが、なにか問題が起きたときや、大きな課題がありそうなときは必ず相手の主観を考えてみたり、物事を俯瞰して考えてみましょう。
この世界は二元的なので、例えば争いをしている人間がいたとして、どちらか一方だけが完全な正義であるとは限りません。なので、客観的に見て自分に落ち度がないか?過失がないかなど、顧みることは必要です。
仮に自分に落ち度や過失がなかったとしても、相手につけ込まれるような弱さがないか?そこもしっかり考えてみるとよいかもしれません。原因の本質はカルマと言ってしまえばそれまでなのですが、であったとしても、弱みを見せるような対応をやめたり、毅然とした態度で臨むことで、怒りや否定心を理不尽に向けられるようなことは減らせると思います。
そして最後にですが、「この問題を解決させる本質的な答えは何か?」これは容易に気づけるものではないかもしれませんが、それでもやはり考えてみるべきでしょう。
物事には常に、「本質」というものが存在します。
もしいま自分に起きている問題の本質が、100%自己のカルマに起因しているのだとすれば、自分がそれを受けきるまでは問題は改善されることはありません。つまりその場合、自分に出来る事はどれだけ否定心を新たに生み出さずに受けきって終わらせられるか?ということになります。
その場合はあがくことよりもむしろ、開き直ってしまうほうが良い間合いもあります。
もしいま自分に起きている問題の本質が、100%相手に起因しているのだとすれば、相手が必要な経験を得たり、なにかを気付かせない限りは問題は解決出来ないかも知れません。
本質を見抜くために必要なのは、やはり客観的に、俯瞰的に全体をみてみることだと思います。
怒りを手放すスピリチュアルな方法
最後に、怒りを手放す方法についてです。
どんなに怒りを制御し、そのエネルギーをコントロールしていたとしても、何かの切っ掛けで瞬発的に膨らんだ怒りを制御するのは難しいでしょうし、同時期に複数の問題が重なれば寛容ではいられないときもあります。
人間の感情エネルギーは蓄積します。感情とは属性のようなもので、人間のチャクラに蓄積しているのはエネルギーです。ですから、蓄積させない、普段から怒りを手放すということができればよりコントロールがしやすいです。
私がオススメするのは、やはり内省と呼吸です。
内省によって自分自身や環境を見つめ直し、不要な感情、否定的な感情は捨ててしまう。そして、呼吸によって蓄積した不要なエネルギー、否定的なエネルギーは排出してしまう。これはあるいみ部屋の掃除に似ています。
詳しいことは下記の関連記事に書いてありますので参考にしてみてください。
ここまで読んで、怒りのコントロールが難しいよ、よく分からないよ、って方は、一番シンプルなことだけ実行しましょう。
心を清めて愛を持って生きることです。
これさえちゃんと出来ていれば、日々の浄化と成長は着実に進みますから、ゆっくりかもしれませんが、問題の本質は確実に解決に向かうでしょう。
いつも読ませていただいています。
「怒り」は「二次的感情」、と私たちの領域では捉えられています。
つまり、「本当の=一次的」感情はその奥・下部にある、ということ。
対人関係で起こる「怒り」のほとんどには、もっと本質的な自分が気づいていない、
気づいてあげてほしい、感情があるといわれています。
理解されない悲しみ、寂しさ、無力さ、などなど。。
英語のものですが、「怒りの氷河」イメージ図を参考に送ります:https://www.centervention.com/anger-iceberg/
海面に見える「anger君」はその下深く、面積もひろく、私たちの豊かな感情によって支えられていますね。
きづいて、言葉にするだけでも、「解放」「浄化」「変容」のエネルギーになると思います。