運がいい人のスピリチュアルな傾向と運気があがるときについて

運のいい人

運とは、その人間の想いや努力だけでは変えることができない状況や事象などの巡り合わせです。良い巡り合わせ思っている人を「運の強い人」と言うこともあります。
逆に、集団で行動しているにも関わらず自分たちが事故に巻き込まれるような人を「運が悪い人」と言ったりもします。
スピリチュアル的に言うのであれば、私たちが運と呼ぶような目に見えない力の作用は確かにあります 。
ですが… 運が良い状況や悪い状況、これらはどちらも自分自身の過去生からの因果によって自分の身に起きています。ですから、今のあなたの生き方や行動が、未来世のあなたの運気が運命に関わってるとも言えるのです。
今生きている人生や向こう5年間と言った短い期間においても自分自身の思いや行いによって不運を遠ざけ、幸運を身近にすることはある程度はできます。


 

運のいい人をスピリチュアルに説明すると

もし人間の人生がただ1回きりのものであったならば、運はただの確率に過ぎなかったでしょう。
人間が不幸になるのも幸福になるのも、どのような人生を送るのか、神様がふるサイコロの目で決まってしまうようなものです。
さぞかしこの世の中は理不尽で、不公平で、ただただ残酷なものだったかもしれません。

この世界に生きている多くの人間は、運を確率のようなものと思っています。運を確立のように思ってる人たちの多くは、人間が輪廻転生する、つまり再び この地上に生まれ変わってくると言う事実を曖昧にしています。

結論から申し上げると、「運」というものも確かに存在します。
ただ、その運が自分に巡って来たり離れていくという背景には、前世や過去世の自分の行いが関係しています。
カルマの法則によって私たちの行いが私たち自身に巡ってくるからです。

カルマの法則とは、簡単に言うと自分の行為(原因)がかならず自分自身に報い(結果)となって巡ってくるという法則で、原因と結果の法則とも言われています。

例えば、大きな災害が起きた時に、運よく生き残る人と、 運悪く命落とす人がいます。
私は今、あえて運という言葉を使いましたが、災害時に生き残る人も亡くなる人も、生まれる前からある程度決まっています。

これは私たち人間が「宿命」とよぶものです。

前世で人助をしたり正しい行いをした人が、その報いとして災害の時に助けられ、命を得たかも知れませんし、前世で人を殺めた人間が、その報いとして災害で命を落としたかも知れません。

前世で自分が誰かに与えた悲しみを経験するために、災害で家族を失ったのかも知れません。

私たちの前世の行いですから今更事実を知ることは基本的にはありませんが、今目の前に起きている不運な出来事、いっけん確率で決められているかのように思えるようなことでも、全ては理由があり必然によって決められています。

運がいい人と法則の関わり

「運」というものは確かにありますが、その裏側には私たちの行いがまずあり、その行いに対する報いが今目の前に起きている出来事を確率的に左右しています。それも全ては私たちが「運」とよぶものの、背後に働く法則の力によってです。

聖書には、神は雀の数さえも数えているといった内容が書かれていますが、神と宇宙の法則は、それほどまでに細かく私たちの生活や人生に影響しているのです。隅々までいったら全部ですね(笑)

では全ては必然で、「運」なんてものははなから存在し無いのか?

運は変えられる

一般的に言われている「運」は、想いや努力だけでは変えることの出来ない事象、そして巡り合わせです。

「運」をスピリチュアル的に説明しようと思ったなら、カルマの法則は外せないのですが、カルマの法則というのはある意味「農業」ににています。
自分のまいたタネ(行い)があり、それによって育った刈り取るべき作物(報い)がある。

想いや努力だけで変えることが出来ない、と感じる一番の理由は、それがすでに育ってしまった作物だということです。

毒麦のタネをまいたなら、育つ作物は毒麦です。それは行ってしまったことなので、その事実は変えられません。

すでに巻いてしまったタネは変えられませんが、未来の「運」は変えられます。それは私たちが素晴らしいタネを正しくまけば、より良い作物が育つということです。

前世のことなど知るよしもありませんが、今あなたが思っていること、行っていることがあなたがまいているタネです。
そしてそれを刈り取るのは未来のあなたです。今世かもしれませんし、来世かもしれません。

報いを受けるとき、あなたは不運だったと思うかも知れませんが、その不運にはかならずまいたタネ(原因)があります。

そしてこの運の話しでもう一つ大切なことは「巡り合わせ」です。

自分ががまいたタネ(原因)によって自分自身が報いを受けるとき、それが仮に災害によって命を落とすような宿命であったとしても、別にまいたタネ(原因)によって命を救われるようなことはあります。生き延びる可能性があるのです。

過去世で誰かを殺めていたとしても、逆に死にかけている誰かを助けていたなら、災害で死ぬ運命にあったとしても、その間際にかつて自分が誰かを助けたように、手を指しのべる誰かが現れるかもしれません。

もしかしたらあなたが助けを受けるのは、来世であって、今世ではやはり命を落とすかもしれません。

どっちに転ぶかは神と宇宙の法則が決めていることなのでわかりません。
ですが確かに言えることは、自分自身の行いと巡り合わせによって、命を落としたり、生きながらえたりするようなことは確かにあるのです。
その作用こそが、運が確率や乱数のように感じる一番の理由かも知れません。
人間には未来は読み切れませんが、神はきっとご存じでしょう。


運気を上げる方法

運気とは?

「運」は、想いや努力だけでは変えることの出来ない事象やそして巡り合わせですが、それに一文字、「気」という言葉がつくと少しだけ言葉のニュアンスが変わってきます。
「気」とは自分の内と外に満ちるエネルギーであり、自分のエネルギーを高めることで自分自身や自分の周りから何かを変えていくことが出来ます。

そしてカルマの法則とあわせて考えたなら、私たちが「運」とよぶ見えない力の実態がよりハッキリと見えてくると思います。そして、もうお解りだと思いますが、私たちが「幸運」な人生を送りたいならすべきことはとてもシンプルです。

より良いタネ(原因)をまく。

つまり、日々良いことを想い、行動し生きる。

ただそれだけです(笑)

あなたが今日行った人を助ける行動が、かつてのあなた自身の過ちから、あなたを救うことがあるのですから、良いことをたくさんしましょう。
人を助け、思いやり、人により良い影響を与えましょう♪

さて、世中には、「運」というのはある種の神がかった特別なパワーやエネルギーのように説明している人たちもいますが、実際は積み重ねたエネルギー自分自身のエネルギーのパワーです♪

そして、運が良い人には特徴が有りますし、共通の習慣があります。

より良い行動を取ると言ってもイメージがわきにくいかと思うので簡単にいくつか具体的なお話も出来たらとおもいます。

結論はすでにお伝えしている通り、あらゆる正しい思いと行動をとれるということです。
それがどのように体現されているか?

やさしく穏やかな感情をもち、いつも笑顔

攻撃性や否定は破壊的なエネルギーで、自分からも他人からも多くのエネルギーを消耗させます。
逆に生産的なエネルギーを産み出すのは喜びや笑顔です。
穏やかな感情、そして清められた心を持ち、日々笑顔で過ごすことにより、周りにも不安をあたえることなく、安心を与えることができます。
あなたがつくりだす平和が、未来のあなたの環境を平和的にするでしょう。
良いものがたくさん集まってきます♪

困ってる人をほっとかない

目の前の困っている人を助ける行為は、過去の自分の過ちを精算したり、未来の自分の危機を助ける行為です。
悲しむ人が居たら慰め、貧しい人がいたら与え、苦しむ人が居たら声をかけ、手を差し伸べる、それらは全て、他人ではなく、自分自身と自分の内に内在する神に行っているのに等しいです。
困った人を助ける人は、当然ですが、自分自身もいつか助けられます。

正しい理想を持つ

なにをしたら良いか分からない、人生をどのように生きたら良いかわからない、自分の理想を持たない人は、日々の選択や行動もブレます。
そのブレが不公平な対応や、正しくない選択につながります。
理想を正しくもつことで、正しい想いと行いを貫き通すことができます。

喜びも豊かさも人と分かち合う

上に書いた特徴と習慣に共通することは「与える」ということです。
物であったり、時間であったり、想いや心であったり、行動であったり、さまざまな要素はありますが、まずは自分から良いものを与える習慣を持ちましょう。
自分が与えるものによって、自分が受け取るものが変わります。
そして与えることの本質は「愛」であり、愛はすべてを一つにする神の無限のエネルギーの表れです。


運気があがるとき

一般的に言われている「運」は、想いや努力だけでは変えることの出来ない事象、そして巡り合わせです。
今、目の前で起きていることはにわかにはかえがたいかもしれません。

運とは確率のように見えますが、その背後には自分自身の過去のカルマが大きく関わっています。
運が無いと思えるような出来事が起きるとき、その本質的な原因は過去生の自分の行いに起因している場合が殆どなのです。

多少の良いことも、たいしたことないぐらいの悪いことでも、すべては過去の自分の行いに端をなします。

運にはたしかに確率のように振れ幅があるように感じることもあります。
そんな場合でも、その振れ幅の大きさや結果として起きる事象には過去の自分の行いが関わっているのです。

運気を上げるためには日々の行いの積み重ねが重要です。
それが自分自身の明日の運をつくると言っても過言ではないからです。

不運続き

いかに日々良いことをしていても、すぐに運気が上がるわけではありません。
私たちの運はある意味タイムラグがあるからです。

報いとして受け取るべき悪運がある場合は、いくら善い行いを続けていてもすぐには状況が変わらないこともあるからです。
ですが、そこで善行をやめてしまい悪行に身を染めてしまったなら、再び不運のスパイラルにはまってしまいます。

善行は忍耐強く行うべきものであり、なにより運気うんぬんにかかわらずまことの心で行ってこそはじめて正しい報いを得る事が出来ます。

運気が上がるとき

さて、いま自分に起きている不運は全てカルマによるもので抗うことが出来ないのか?
答えは「否」です。

不運が続くというのは言うならば悪いカルマのスパイラルにハマってる状態です。
そしてカルマの本質は、自らの行いのエネルギーの総計であり、不運が起きる原因はエネルギーの負債を返済するためです。

これを解りやすく言うなら、善行を行う意外にも、自らのエネルギーを増やし、高めて行けたなら運気は自ずと上昇します。

では、運気を上げるために自分のエネルギーをいかにたかめるか?
その方法を一言で言い表すなら自己と環境の浄化です。

自己と環境を浄化することでエネルギーは高まり運気は上がります。

自己のエネルギーが高まるとき

自己のエネルギーが高まるとき、それを肉体的に言うならば、体が健康なときです。
健康というのは病気をしていないという意味はもちろんですが、適度な運動、正しい食生活、十分な休息と睡眠時間、記録正しい生活を送るということも大切です。
体がエネルギーで満たされることでマイナスのオーラ(マイナスエネルギー)を受けにくくなり、その結果として物事がうまく回り始めます。
運気が低下している人はたいていの場合は時間やお金に余裕が無い場合が多いのですが、自らの行動を量から質に転換することで少しずつでも体を整えていくことが出来ます。
運が悪い人に共通しているの傾向は、自分にゆとりがあるときに、休養や建設的な行動に時間を使わずに娯楽や欲望を満たすために時間を使い、より心や体を酷使してしまうといった部分です。

息抜きや娯楽の時間も必要ですが健康にになるために必要なのは自己制御能力です。

そして、肉体が健康であるのと同じように、心が健康であることも重要です。
心が健康な状態というのは、思い煩うことなく日々を過ごせるということです。

さまざまな煩いごとによって心は疲弊しますまら、課題となる出来事をゆっくりでも一つ一つ解決していく必要があります。
そしてもう一つ重要なことは楽観的に物事をとらえるということです。

たとえばですが、借金がある人が返済のために深夜も働いていたとします。

深夜働いた分で得られるお金は、心配していてもいなくても、変わりはありません。
現実を悲観的にとられるのは重要です。なぜなら最悪のケースも想定して行動すべきだからです。
ですが、行動にうつすことが出来たなら、あとは全力で取り組むだけです。
心配して思い煩うことで心が疲弊したなら出来る事もできなくなってしまうかもしれないからです。

心配していてもしていなくても、一日は暮れていきます。

そして心の健康を保つことが出来たなら、感情や想いをポジティブに使いましょう。
私たちの感情は第一チャクラから湧き上がる行動するエネルギーで、想いは第二チャクラからわき上がる想いを実現させる力です。

目的意識、理想を追い求める心、感情と想いのエネルギーが強ければ自分に必要なものをたぐり寄せます。

そして最後に、自己のエネルギーを高めるもっとも良い方法は、善き行いや正しい信仰によって霊徳を積むことです。
信仰とか霊徳という言葉を使うとなんだか宗教的にも聞こえますが、どちらも宗教とか関係ない言葉です。
信仰をもつというのは、あなたが自身が正しい存在やあなたの神や自分自身を信じて正しい心をもち行動するということです。
そして霊徳とは、あなたの正しい行いが積み上げる善きカルマです。

心を清めて愛を持って生きれば、わるいものは浄化され、善き行いは善いカルマとして蓄積し、目に見えない善き存在からの手助けや加護を受けられます。
一番大切なことです。

体、心、魂が清らかになればおのずと運気は上昇します。
それはやがてマザーテレサように運などという言葉で片付けられないような奇跡を呼び込むでしょう。

未来のあなたの運と巡り合わせが素晴らしいものになるように、明日からではなく、今始めましょう。
あなたの体、心、魂にとっての最善を。


運をつかむために読みたい記事

心を清めて愛を持って生きる
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天空の庭先 管理人の☆ウリエル☆です♪瞑想歴30年、オーラ見える歴28年、ヒーリング歴29年、浄霊歴26年、オーラ視、浄霊、ヒーリング、などなど、いわゆる霊能力と呼ばれる力を持っていて、占星術など占いの分野やオカルトなど、スピリチュアルな分野に精通しています。 これまでの人生でのスピリチュアル体験から得たことを記事にしています♪ 関わる人全てに豊かになって欲しい。それが私の願いです。 <strong>霊能力が身についたキッカケ</strong> 霊能力と呼ばれる力を手に入れるキッカケは、21歳の時に霊的な師と出会い、ヒーリングを受けた事でした。 私をヒーリングしてくれたその方は、世界を旅しながら無料で奉仕やヒーリングをして生きている方で、日々何十人、何百人と癒していました。その方との出会いをキッカケに、私自身にもヒーリング能力が身についたり、オーラが見えはじめたり、体外離脱を体験したり、成仏出来ない霊を救う能力が発現したり、様々な霊的な体験をしました。それら体験は、この天空の庭先にまとめられています。 <a href="https://arcangel.jp/experience/">体験談</a> <strong>天空の庭先オープン</strong> 2004年に楽天ブログで天空の庭先がスタートしました。 本業はデザイナーで、ふつうに社会で働きながら、平日の夜や週末の休みを利用して、霊的な疑問や相談にお答えする活動をしてきました。 今日までの天空の庭先の歩みはアーカイブのページにまとめられています。 <a href="https://arcangel.jp/archive/">ブログアーカイブ</a> 「☆ウリエル☆」というハンドルネームは、宇宙の運行や浄化を司る天使の名前を借りました。横の2つの☆は当時の楽天ブログでウリエルというハンドルネームがすでに取得されていたために、仕方なく横にくっつけたのですが、この☆のおかげで姓名判断や数秘術でとてもよいハンドルネームになりました♪ 「天空の庭さき」というブログとサイトのタイトルは、天の国のかたすみ、みたいなニュアンスで命名されました。 私は本当の「天国」や「楽園」は、それを求める人の心の中にあるものだと思います。ここを訪れる人たちが豊かで美しい人生を歩むヒントをみつけてくれたらそれは私にとって幸いです。  

プロフィール



関連記事一覧

  1. ☆cham☆

    ☆ウリエル☆さん
    皆さん

    こんにち和。こんばん和。

    今回のお話では
    『運も実力のうち』とは、まさにでしたね。

    やはり、輪(和)の元にあります。

    私自身、運が良いとは思ってはいませんが
    今年3回引いたおみくじが全て大吉でした。ドヤっw

    こんな、小さな事で幸せや、喜びがある事に
    とても、感謝です。

    時折、私の中にみせる理想がもっともっと
    確かで純粋なモノとなる事を忘却の中で願っています。

    もっと優しくあります様に。
    もっと正しくあります様に。

    辛いわけでも、苦しいわけでもなく。
    不意に流れる涙が光へと続きます様に。

    まだ足りないですね。
    悔しく思ってしまう。
    未熟で小さいこの祈りが
    溢れ出る大きなモノであります様に。

    誠に愛するきっかけに目を逸らしてはいけない。

    なんだか。今日の雨みたいに、
    しっとりとしてしまいましたね。

    楽しめる時は楽しんでもいいのかなと思いました。

    いつもありがとうございます✩

    歩む先に愛と希望と平和があります様に。

  2. ユキウサギ

    こんにち和(^^)
    良い言葉ですね。
    私は円(縁?)輪、が大好きです。しかも少しいびつな、禅画で描かれるような。幸せな気持ちになれます。

    昔の京都、昔の富豪に愛されて身請けされた「薄命の美人」吉野太夫さまも、少し欠けた円を大切にされ。「吉野窓」の逸話には心を打たれました。
    この逸話に感謝です。

  3. いつも素敵なBlog記事をありがとうございます。

    浄化の呼吸法を始めて、その延長でヨガや瞑想(その際は浄化の呼吸法を取り入れています)も始めて、
    ミラスフォさん(YouTube)を最近好んで流しています。

    こんなのがあったらいいなぁ、こうだったらいいなぁと気づいたことなどをたまに企業さんにフィードバック?を送ってます。
    以前までは、こんな世界いやだ人間(未熟で汚い自分も含めて)も嫌いだ(泣怒)という気持ちが溢れ出して文章をつづっていた面もあったのですが、
    最近は浄化の呼吸法や瞑想やヒーリングのおかげか、気持ち?魂が浄化されたのか、落ち着いてきているようです。
    感謝です。
    そして、今回はなんとなく思いついたことをTVや新聞社へランキング順にフィードバック?送りました。
    愛と感謝で満ち溢れた心境に私自身早く至りたいです。
    ________
    ▼事件の真実への向き合い方について
    事件が起きた時、TVでは、現実に起きたことにしか注目しないのが不思議です。
    先手先手を打って、現実化する前まで遡った事実も報道して、
    現実的な愛ある対策を立てていけば良いのになぁと、
    後手後手の救い(次回への学び)のないコメント(後悔)をあとどれだけ繰り返すのだろうと勿体なく感じます。
    spiritual界でも、物理学界でも、もはや一般的になっていますが、世間や学校教育ではまだ知られていないのでしょうか。
    負の連鎖をストップして愛ある連鎖に乗るためには、真実(事実法則)に気づき、
    感情の現実化energy法則や、波動法則、因果法則と上手に付き合うと物事がsimpleになります。
    部屋の乱れは、住む人の心の乱れを映し出している(意識→現実化)といいますが、
    社会的なごたごたや人為的に創った煩雑なsystemも然り、人類の潜在意識の乱れを映し出している(現実化)と思います。
    宇宙法則のsystemを(理解し)活用すれば、
    誰でも、大難を小難にすることは可能で、そもそも事件が起きることのない平和な世界も現実化します。

    ▼いじめや虐待の報道に対して真実を伝えないコメンテーターについて感じたことのフィードバック
    いじめや虐待が起きた時、
    加害者を責める風潮があり、(私もそうでしたが)
    一度できてしまった悪循環のcycle、systemは誰かを責めても解決しない(責め合うことを現実化する)ことも重々わかっていました。
    そんな中、「ミステリと言う勿れ 」の整くんのセリフに目から鱗、琴線に触れ、感銘を受けました。
    日本では、いじめられた側が避難したり、カウンセリング受けますが、
    海外では、いじめる側の心は病んでいるとみなされ、すぐさまカウンセラーが付く、とのお話でした。

    spiritual科学的には両方とも悪縁(因果)で結ばれているため、両方の因果energyをclearにする必要があると思いますが、
    積極的に、いじめる側のケアを取り入れる姿勢、いいね、素晴らしいと思いました。
    気が付いたのですが、日本人は、被害者意識が板につきすぎているように感じます。
    虐げられても必要とされたいとか、我慢しなきゃとか、助けを求めちゃいけないとか、
    自分で解決しなきゃとか、弱いのはみっともないとか、劣等感や罪悪感に囚われたり、
    自然の流れに乗って愛にお任せする方法をとれず制限した思考にとらわれて(自己に対しての愛の欠如を現実化して)いるというか。
    いじめをするような荒い波動?の人のケア方法がわからないというか。(愛の不足)
    人(自分)の痛みがわからないほど感覚がマヒしている為、
    いじめる側もいじめられる側も、愛に目を覚ますような深く深く大きなケアが必要です。

    どうか、この因果を断ち切るためにも、どんどん真実を報道していってほしいです。
    宇宙法則、自然法則、波動法則、energy法則は、目に見えなくても、重力・引力と一緒で、確実に存在するenergy法則です。
    重力があることに気づこうか気づかなかろうか関係なく、私たちは、そのenergy法則上に生活しています。
    同様に、
    人の考えていること(energy)や潜んでいる想い(energy)は、良いことも悪いことも、現実化することに
    気づこうが気づかなかろうが関係なくその法則は万物に 相互作用 しています。
    瞬間的に湧いた思い(energy)や潜んでいる想い(energy)は、
    良いことも悪いことも、現実化します(energyがclearに浄化されて打ち消される場合もあり)。
    だからこそ、心を清めて、何があっても愛を持って過ごすと
    (人によってはかなり試されます。簡単にできる人もいます。)愛溢れる平和が現実化します。
    (試されるというのは、例えると、愛を確立した存在にとっては清らかさが心地よいシャワーのように感じられることも、
    4悪道に慣れた存在にとっては眩しすぎて目がつぶれるほど苦しく居心地悪く感じて、良い変化だとしてもなかなか移行できない場合あり。逆も然り)
    energy法則的には、より強いenergyが現実化するので、心をclearにして100%愛energyでいると、楽しい世界が現実化します。
    人が人を裁かなくても、天(宇宙法則)が人を裁くため、法律もルールも本当は必要なくて、もっとsimpleで良いのです。
    全ての人が宇宙につながり、法則に乗って生きた時、今まで何だったのかというほど、
    世界はすべてsimpleに丁度よく心地よくclearな波動(→現実化、引寄せ、引力)になります。

    潜在意識で、人類、地球、動物、すべて繋がっています。
    悟りは、差を取る(さとり)ことです。
    脳は、自分と相手を区別しません。
    そのため動物を食べるのは、人類が人類を家畜化し、搾取することと同じです。
    詳しくは、「シルバーバーチ 肉食」で検索するとspiritual法則が載っています。
    やったこと(搾取)、出した波動(愛の欠如)は、直接的あるいは間接的に(過去世、現世、来世のタイムラグも含めて)、
    そして連体的
    (潜在意識ですべて繋がっているため、当事者だけでなく人類全員の問題になる。ある意味、連帯責任のため、誰が悪いとか、そういう低次元の話ではない。
    あくまで根本的に注目する点は、万物に共通するenergy法則)
    に返ってくるためです(愛を目覚めさせてくれるenergy法則)。
    ヴィーガン世界が到来したら、人類同士の格差搾取社会も崩壊し、戦争も起きにくくなり、もっと早く愛に満ちた調和した世界に早く現実化します。
    全てには 差 がないのです。(根本はすべてenergyのため、人間、動物、鉱物、という物質的な枠がない。)
    波動測定機器 がもっと普及すると、波動感知が苦手な方も、もっと波動(運、霊徳)の良い選択がしやすくなるのかもしれません。
    また、波動測定 が一般化すると、低波動(energy)を高波動に変換する(→現実化)選択もできるので(する、しないは人によって自由)、
    心身の不調の早期発見(予知)・改善(低energy→変換→高energy→現実化)、事故・病気・怪我の予知・早期改善、愛ある品物、などを選び取ることもしやすくなるかもしれません。
    すべてはenergy法則で、
    人類の命の持つenergy(仏教でいう仏法、キリスト教でいう愛、spiritualでいう引寄せ、物理学でいう波動・引力)が、そのまま現実化します。
    ただ、苦しいのが好きであえて体感したい魂のcaseもあるため、すべて高波動にしなきゃいけないわけでもなく、どんな道を選ぶかはその人の魂の自由に任せられています。
    (愛に目覚める縁を持ち)目覚めない選択肢を選び、苦しみというspiceを味わうのは、限りなくフェアです。
    (愛に目覚める縁がなく)もっとhappyな世界に生きたいと苦しんでいるなら、無明の闇の中、さまよえる子羊を卒業することを決めると良いと思います。
    求めよ、さらば与えん、と言いますが、真実に、良いことも悪いことも引寄せ(引力)が発動されていることに気づくだけです
    (人類・個人保有意思energyの多数決。円グラフで例えると、そのenergy割合に因る。)。
    雑念がclearになればなるほど良いことも悪いことも現象化が早いです。
    行き過ぎた資本主義同様、濁った命(因)から得たものは、どれほど素晴らしいもの(文明)だとしても自身(人類)を苦しめる結末(果)になります。
    真実(因果法則)を伝えないのは、いじめを見て見ぬふりをする(地球や生き物が苦しんでいるのを傍観)ことと同様で、
    (感覚が麻痺していなければ)愛ある魂(全ては繋がっている為)が引き裂かれる痛みを体感するため伝えずにはいられなくなります(愛に目覚めよ、目覚めたい、とハイヤーセルフに促されます。)。
    負の連鎖を断ち切り、地球や苦しみが癒える時代へ切り替える人類意思energyが大きく上回り現実化してくことを祈ります。

  4. ユキウサギ

    最近見舞われたのが「一般論で言うと」「努力が報われず貧乏くじ引き続ける超絶不運な事」。
    しかし、ふと頭によぎるのが何故か「わらしべ長者」。
    生まれた時私たちには転ぶ運命が用意されています。そして私は何日か前、「藁」を掴みました、(掴むまで苦しみました。笑)
    私にとっての藁は何??

    とにかく、「心構え」によって掴める事が出来ました、藁はあくまでも例えであって、藁以外の何でも歓迎です。それなのにもし転んだ時「お金お金、お金でなければ掴まない」とか執着していたら…?

    そして藁を掴んだ私は、ごく普通の「ご縁」から次々助け合って、しまいに長者になる「筈」。まだ交換遊びは続いています。

  5. ソフィア

    自分の心、体、魂の為に最善を!

    最善を尽くしたいからコメントします。
    自分の心はとても臆病。
    自分の体はどちらかと言えば体力がなく弱い。
    自分の魂はそんな心と体からは想像もつかないくらいの「愛」に溢れている。

    天空の庭先に出会ったら答え合わせの連続だ。
    キラキラ光るダイヤモンドダストのような光の粒子、金色の光る玉…
    自分が宇宙、神の愛のエネルギーを強く感じた時に撮る写真に写るもの…
    読んで知識を得てからのものではない。

    様々なスピリチュアルな情報、なんだか胡散臭い霊感商法?たくさんあって本当に驚いたし哀しくなった。
    魂を磨くのにお金はいらない。
    スピリチュアルを信じる人、信じない人、善人、悪人、
    全ての人が還る場所は同じなのだから、みんなに「還る方はあっちだ!」って分かるような道しるべになりたい☆
    ちなみに自分はとことん強運です♪

  6. 明日も晴れるかな☆

    とある事から見えない世界の一部を
    少しだけ知り得た気がします。

    現実よりは浅く静かに描かれているもの。
    ですが、こんな苦しみや悲しみがあるのだと
    感じました。

    痛みを、苦しみを、感じ受けとり
    それを助け、癒す方々をとても畏敬に思います。

    私には理解し難い、苦労や苦痛が伴い
    日々葛藤されている事だと思います。

    『どうか否定的な気持ちを持たないように
            日々を生きてください。』

    この言葉が
    沢山を積み重ねて、多くを見て感じて
    命を道としてきたのだと。

    似た境遇にいる方
    既に気がついている方や
    悟り得ている方もいると思います。

    ここに書く必要もないのかも知れません。

    全ては神の御心のままに。

    天空の庭先に訪れるもの
    人であるもの
    人にあらざるもの
    第1から分かれた皆が

    どうか幸せであります様に。

    幸せであります様に。

    また少し寒くなりましたね。
    温かくして、お過ごしください♪

    ありがとうございます☆

  7. ユキウサギ

    ありがとうございます。

    「全ては神の御心のままに。」
    祈る事。愛をもってまわりのみなさまを神さまにお任せする事…。
    常に自然に出来るようになれば皆さまが清まり、自分が清まってゆくのが分かりますね。
    常に自分のそばに神さまや、同一の魂を感じます。そうすると皆さまの幸せ無しに私の幸せはあり得ないように感じるようになりました。

  8. ソフィア

    「愛」の種、を撒きたい。
    昨日、「愛」の種を見つけたので又、コメントします。

    イギリス民話の「いたずらおばけ」、忘れていた本を何十年振りに読める機会が訪れました♪

    子供の頃に読んだ記憶が確かにある…
    内容は忘れているけれど、きっと大切な内容だと、読む前からワクワクしました♪
    読みながら、笑ってしまいました♪

    このお話のおばあさんのような心持ち、思考回路、そんな風に皆がなれたら…
    「無敵!!」です。
    敵無しなのだから、常に心を武装して歩く必要もなく、心に余裕がある分だけ他の人、もの、全てに優しくなれるはず。
    そんな自分を益々好きになって、自信が生まれて、更に「無敵!!」です。
    皆、それぞれに敵はいないのだから、もう争うことも、比べることも、盗られないように必死になる必要もない。

    金がおばけになっても尚、笑って「わたしは運がいい」と
    心から思って笑える♪

    今の世の中をプラスに転じるヒントが満載のお話が、ずっと前にちゃんと生まれていることに感謝したいと☆

    このお話のおばあさんの心の有り様は、今の私達人間が辿らなければならない大切なプロセスだと…

    そして、この「おばけ」の役目もとても重要で面白いなと♪
    おばあさんには有効(友好)的ないたずらですが、多種多様な私達人間全てに有効(友好)ないたずらってどんないたず
    らなんでしょうか?
    不快だったり腹が立たない、心から納得し、笑いながら辿り着けるいたずらがあったら良いです☆