霊道と霊まみれのブラック企業を退職して、前職の上司に声をかけられ、また以前の仕事に戻った。なんと変化の多い人生なのだろうか。でも平和な日常は戻ってきた。
それからしばらくして… その「平和」がまるごと幻だったことに気づかされることになる。
平穏の中の違和感
懐かしい日常
戻ってきた古巣の会社は、相変わらずだった。
きらびやかな看板デザイン、店舗のフライヤー、チラシ。ナイトレジャーという業界そのものへの複雑な気持ちは前から変わらないけれど、グラフィックとしての面白さは本当にあって、仕事に関してはそれなりに楽しめていた。
以前より、周りのスタッフが温かく接してくれているのも感じていた。一度辞めて出戻ってきたことに対して、変な空気もなく、ごく自然に迎え入れてくれた。
大きな会議の日には、駐車場にはあいかわらず黒塗りの高級車がずらっと並んだ。社長室に出入りする客の中には、「この人、絶対にそっち系だよな…」と思わずにはいられないような人物もいた。どこかの店舗でトラブルがあったのか、事務所の電話口から物騒な会話が漏れてくることもある。
誰か:「…だから10万で手を打てって言ってんねん」
こんな会話さえも懐かしい…
僕は日々、懐かしさを感じながら、ゆったりと画面に向かってデザインをしていた。
麻痺していた感覚
この時の僕は、乱暴な会話を聞いても、あまり何も感じていなかった。黒塗りの車も、怖い顔をした来客も、電話口の物騒なやり取りも。いつのまにか、全部が体験した事がある「日常の景色」になっていた。
人間の感受性は、慣れによって麻痺する。善悪の識別は、感覚から始まる。その感覚が鈍ることは、霊的な目が閉じていくことと同じ意味を持つ。
「平和だなぁ」と思っていた。でも本当は、そう感じていること自体が、すでに何かズレていたり、この先起きる事への本来感じ取るべき違和感だったのかもしれない。
警察が来た日
突然の踏み込み
その日のことは、よく覚えている。
午前の仕事中、事務所のドアが一斉に開いた。入ってきたのは私服の捜査員と制服の警察官、合わせて10人以上はいただろうか。先頭の人物が手帳を開いて、静かだが有無を言わせない声で告げた。
捜査員:「警察のものです。今いる場所から動かないでください。仕事の手を止めてください」
事務所が一瞬、静止した。
キーボードを打っていた手が止まる。電話中だった人が相手に「少し待ってください」と言って受話器を置く。誰もが状況を理解できないまま、ただ動作を止めた。
捜査員たちは手際よく散開して、棚の書類を確認し始めた。ビニール袋にラベルを貼りながら書類の束を入れていく人、パソコンのハードディスクを静かに取り外す人、それぞれが無言で作業を進めていく。テレビのドラマで見るような光景が、まさに目の前で静かに、しかし確実に展開していた。
全員、手を止めて
しばらくすると、スタッフが一人ずつ呼ばれて聞き取りを受けた。
順番が来て、僕の前に捜査員が立った。
捜査員:「あなたの役割は何ですか」
僕:「デザイナーです」
捜査員:「何年くらいこちらにいますか」
僕:「半年勤めて一度辞めて、今月の頭に戻ってきました」
捜査員はメモを取りながら、無表情で頷いた。それだけだった。
僕は思った、逮捕されたりとか… 共犯者みたいに見られることって、あるんだろうか…
何もやましいことはしていない。デザインの仕事をしているだけだ。それはわかっている。でも、こういうシチュエーションになると人間は不思議なもので、身に覚えのないことまで頭の中でぐるぐると確認してしまう…(笑)
対して失う物もないし、まあなるようになるしかないしね…
なぜ自分はここにいるのか
カルマの執行力という考え方
一連の聞き取りが終わって、ようやく仕事に戻れるようになったとき、僕はぼんやりと考えていた。
一本道だったよね?(笑)
なぜ、自分はここにいるのか。
霊道塞いで、ブラック企業を辞めて古巣に戻った。元上司に誘われて、一つの流れのようにスムーズに、またこの会社で働いている。
ここには霊道や、浄霊の使命があるわけでもない。それなのに、なぜここだったのか?
そしてこの日、突然こんな場に居合わせることになった。
魂のプラン… 生まれる前に魂自身が決めてきた、今世の人生設計図のようなもの。「偶然」に見える出来事も、その設計図の一部であるとしたら、この日ここにいたことも、たまたまではないのかもしれない。
もしかしたら自分がここに戻ってきたのは、この出来事を体験するためだったのではないか。そしてここから、何かを学ぶことになっているのだろうか…
そんなことを考え始めていた。
ナイトレジャー系のチェーン店で、店舗での強引なキャッチや客とのトラブルが積み重なり、警察の調査が入った。押収された書類の束と、取り外されたハードディスクたち。この後、脱税の調査も入ると噂が広まっていった。
そしてこの先、状況はさらに加速していくことになる。
人間の人生の何たる数奇なことか…
そしてこの時の僕は別の意味でも麻痺していた、それは自分がどこまで転げ落ちたとしても自分の人生を観測者として見続けるぐらいに。
なぜならば、すでに人生を賭けた神への問いかけは終わっていたからだ。
この体験から学んだこと
「平和だ」と感じることが、いつも本当の平和とは限らない。慣れは感覚を鈍らせる。善悪の識別も、霊的な直感も、「当たり前」の積み重ねの中で少しずつ薄れていく。カルマの執行は、そういう眠りを覚ます形でやってくることがある。
いっしょに読みたい関連記事
この体験に関連するスピリチュアル記事


関連する体験談




コメント