人間の善悪の定義 – スピリチュアル体験 第二部 第62話

チェス盤 白と黒

この世に悪人なんかいない、いるのは迷って道を見失っている人間だけ。
この世界は善と悪で二元的ですが、世、の領域ではに対して一元的です。
ですから、本質としては「この世界に悪人はいない」です。
ですが、この言葉を言える私は、そして日本人は本当に平和で恵まれているのかもしれません。
この世界には争いが絶えず、今この瞬間も飢えに苦しみ、命の危険に怯えている人達がいるのですから。
なんでこんな話しかというと、2003年、大阪で見つけた仕事が少し特殊なお仕事だったからです。


 

 

良い会社、悪い会社

大阪に越してから、最初にやったのは仕事探しでした。
自分がもともと勉強してきたり、仕事でやってきたことはイラストとかデザインの仕事だったので、その系統の職種の求人を探していました。
ハローワークのサイト見たり求人情報誌を見た感じ、静岡と比べたらデザイン系の求人は10倍ほどありました。
しかし、通勤圏内で条件に合うものとなると数件に絞られる感じでした。
僕が世間知らずであったせいで、仕事が見つかるまでに3ヶ月ほど時間が掛かってしまいました。
ちなみに僕は、「引っ越し貧乏」なんて言葉がありますが、正にそんな感じでした。

やっとみつけたデザインの仕事は、一次面接をしてくれた部長権限でほぼ即採用でした。
「飲食店:店舗・販促物デザイン」といった名目の募集だったのですが…?
飲食店には違いなかったのですが、いわゆるナイトレジャー産業の…もっと解りやすく言うとキャバクラとかを経営している会社のデザイン業務です。グループで系列25店舗ぐらい、結構大きな会社でした。


 

世間一般の認識

僕は世間知らずだったので、一般的には割と敬遠される業種のようでした。
僕の友達や彼女の反応もそんな感じで…

A子さん:ちょっと調べたけど、そこ、危ない会社やで~! やめとき!

友人:夜の仕事とか水商売って大抵やくざからんでるよ。やばそうだったら辞めた方が良いと思うよ。

なるほど…

入社した最初の週のできごとですが、部長の電話の声が聞こえてきたのですが…
部長:ほか。酔っ払いが看板蹴ったか、30万で話しせいや!
起き看板の値段なんてせいぜい10万弱ぐらいじゃ??? こわ!

そして初めての定例会議…
駐車場にはずらっと高級車が…
高級ブランドのスーツを身にまとった幹部達の登場…
経営顧問の登場… ってどーみても堅気じゃないし!!(笑)

社内で働いてる人達は、休憩時間中にみんなこんな感じの話をしています。

女子社員A:先月辞めた○○君ってまだ次の仕事がみつからないんだって~

女子社員B:○○ちゃんはいつ辞めるの?

女子社員C:この会社、本当に良い人達ばかりなんだけど、ずっと働くのはやばいよね~

離職率高くて辞めること前提の人達ばかりでした…
僕はお金もないしすぐには辞められないなぁ…


 

すべての物事には理由がある

いつも僕はこんな風に考えます。
「こうなったのにはなにか理由があるはず」

僕が入社した翌月に僕を含めて3人居たデザイナーのうち2人がまさかの退職願いを出します…

えっと、来月からデザイナー一人ですか…???

デザイナーが一人体制になり、系列25店舗あるキャバクラから来るデザインの発注や新店のデザインをこなすのに、発注のフォームを統一してフローを作ったり、デザインが使い回せるようにテンプレートを作ったり、今までの仕組みを色々と見直して効率化を行いました。
またたくまに3ヶ月が過ぎ、その頃には部長とか次長など、上司にえらく気に入られてました。

ナイトレジャーの仕事というだけで会社を去って行く人達を尻目に、僕は色々と思うこともあり複雑な気持ちでした。

この世の中には、社会的に認められたまっとうな地位に居ても、人を傷つけたり蹴落としたり、精神的に追い込んだり、とても善人とは言えないような人もたくさん居ます。
的な事で言っても同じで、社会的には善人でも、人を呪ったりに至らしめているような、中身は怪物みたいな人達は居ます。

たまたま何も知らずに入った会社でしたが、上司の人達は組織や部下を思う気持ちがとても強くて、義理人情に厚く面倒見の良い人たちばかりでした。
自分たちの仕事に誇りとプライドを持ちながらも、どこかに仕事に対するコンプレックスを持っているような人たちでした。

何が善で何が悪やら…

いずれにしても、仕事ができて、仲間への愛情も強い会社の上司達の事が好きで他の人達のようになかなか会社を離れることができないでいました。
その事で彼女と何回か喧嘩になりました。


 

未来の

そんな折り、また夢を見ます。
彼女が居て、僕が居て、お互いの距離は3メートルぐらいでしょうか?
彼女の手元から?たくさんの紙が僕の方に向かってバラバラと飛んできます。
彼女はその紙が僕の元に飛ばないようにと、必死でつかみ取ろうと、あるいは拾い集めようとします。

僕はその紙は何であるかはわからなかったのですが、彼女の両手から溢れてこぼれ落ちた分を拾い上げます。どうやらWEBのページを印刷したような紙でした。

彼女はとてもバツの悪そうな感じで目をそらしたたずんでいました。
この夢の意味を知るのはまだしばらく先の事でした。


愛が原則であれば|2018年9月追記

何が善で何が悪やら?(笑)
15年前の大阪での話し、今でも昨日のことのようにおぼえています。
私はよく、「愛」を原則としていればそれは正しい事だと言いますが、このナイトレジャーの会社の人達はとても仲間思いで、愛の強い人達でした。
反面、仲間ではない人達には無理な看板の修理費を請求したり、いろいろと乱暴な事をする人達でもありました。
私にとっては人間の善悪について考えるよい機会になりましたし、厳しく仕事を教えられた事で、それが今も役立っている為、本当に感謝すべき人達でした。

この記事のタイトルとなる「人間の善悪の定義」についてですが、この世界は二元的で善悪など二極を持ちますが、高次世界、神の領域は愛に対して一元的です。
つまり、行為そのものよりも「愛」に基づいているかが基準となると言うことです。
この時の職場の人達が、家族や仲間を思いやるのと同じ気持ちをその他の人間にも持てたなら…
これはこの世界に生きる全ての人に言えることかもしれません。

 

心を清めて愛を持って生きる
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天空の庭先 管理人の☆ウリエル☆です♪瞑想歴30年、オーラ見える歴28年、ヒーリング歴29年、浄霊歴26年、オーラ視、浄霊、ヒーリング、などなど、いわゆる霊能力と呼ばれる力を持っていて、占星術など占いの分野やオカルトなど、スピリチュアルな分野に精通しています。 これまでの人生でのスピリチュアル体験から得たことを記事にしています♪ 関わる人全てに豊かになって欲しい。それが私の願いです。 <strong>霊能力が身についたキッカケ</strong> 霊能力と呼ばれる力を手に入れるキッカケは、21歳の時に霊的な師と出会い、ヒーリングを受けた事でした。 私をヒーリングしてくれたその方は、世界を旅しながら無料で奉仕やヒーリングをして生きている方で、日々何十人、何百人と癒していました。その方との出会いをキッカケに、私自身にもヒーリング能力が身についたり、オーラが見えはじめたり、体外離脱を体験したり、成仏出来ない霊を救う能力が発現したり、様々な霊的な体験をしました。それら体験は、この天空の庭先にまとめられています。 <a href="https://arcangel.jp/experience/">体験談</a> <strong>天空の庭先オープン</strong> 2004年に楽天ブログで天空の庭先がスタートしました。 本業はデザイナーで、ふつうに社会で働きながら、平日の夜や週末の休みを利用して、霊的な疑問や相談にお答えする活動をしてきました。 今日までの天空の庭先の歩みはアーカイブのページにまとめられています。 <a href="https://arcangel.jp/archive/">ブログアーカイブ</a> 「☆ウリエル☆」というハンドルネームは、宇宙の運行や浄化を司る天使の名前を借りました。横の2つの☆は当時の楽天ブログでウリエルというハンドルネームがすでに取得されていたために、仕方なく横にくっつけたのですが、この☆のおかげで姓名判断や数秘術でとてもよいハンドルネームになりました♪ 「天空の庭さき」というブログとサイトのタイトルは、天の国のかたすみ、みたいなニュアンスで命名されました。 私は本当の「天国」や「楽園」は、それを求める人の心の中にあるものだと思います。ここを訪れる人たちが豊かで美しい人生を歩むヒントをみつけてくれたらそれは私にとって幸いです。  

プロフィール



関連記事一覧

  1. 私も、16〜17年前に同じような業界(!?)で働いていたので、
    今回の記事はとても興味深く、また、当時のことをいろいろ懐かしく
    思い出しました。

    次回の記事を楽しみにしています。

    • ☆ウリエル☆☆ウリエル☆

      紫さんこんにちわ♪
      私も体験談の記事を作りながら、当時を懐かしく思い出していました。
      名刺の名前を誤字って、現場まで謝罪とお届けにいった事もありました。
      そういった経験も今の私を作ってくれたと思います♪

  2. くれるん

    最近思ったことなんですけれど、自分の名前っていまの自分の考えになぜか似ているなと。愛って偉大だと思います。   

    性善説、性悪説って学校で習ったような気がするのですが、本当は、状況によっては、誰でもそのようになり得るのだなと

    思います。私は小さい頃の罪を告白すると、本当に良くないことをやっていたと思います。一つや二つでではありません。
     
    自分でもよく今生かされているなというくらいです。小学生の頃なんですけれども 自分自身の他人への良くない思いが、その

    まま跳ね返ってきて、骨を折ったこともありました。盗みをはたらいたこともありました。本当に重い罪だと自覚しています。

    他には弟をたたいてしまったこともありました。数日後弟を傷つけてしまったことで本当に泣きました。本当にごめんねと
     
    思いました。それからは、弟が小学校から帰ってきたあとによく大好きーって抱きしめていました。そしたら弟も大好きーっ

    て言ってくれました。まだ小学生の時のことです。人は何をしたら喜び、何をしたら嫌がるのかっていうのをいちいち試して

    いたことも罪でした。何人の心美しい人を傷つけてしまったのでしょう。

    空から見守ってくれている同僚や神様はたいそう失望していたことでしょう。

    だから、わたしが子供のころよくみた、なんとなく怖い夢、覚めたくても覚められない夢、色彩がない悪夢をまた最近みて

    しまっています。肌の調子も小さい頃みたいなアトピーみたいな火傷したような肌には至らなくとも、荒れていることが

    度々です。小さい頃多少人のオーラがみえていたとおもいます。というか出かけたときに虹色のお菓子みたいなのが体の周り

    ある人がいてあれは何?って聞いたことがあって。そしたら何?何のこと言っているの?みたいなことを言われて。

    太陽の光がなんかなんとかなって見えているのかなとは思ったけれど、今思うとあれはちまたで言われているオーラだった

    のかと思いました。でもおそらく度重なる私の罪によってなのか、成長の過程なのか分からないですけれど、最近までの間

    全く見えていませんでした。しかし、最近自分の意思でみることはできませんが、無意識に人の周りの色味が一瞬だけ見える

    ことがあります。一番印象的だったのが、私のいとこのお嫁さんのオーラ?キラキラした粒子が白いカーテンのようにその子

    の周りにたたずんでいる感じで、雰囲気が圧倒的で最初顔があまり見えませんでした。えっっ ておもって五度見してしまいまし

    た。あまりにも私が凝視しているので、「なに?」って言われてしまいました。それからは、その子に会っても体の周りの

    オーラみたいのが見えるようにはなりませんでした。意識的にどんなに頑張っても見えませんでした。でも無意識にはっと

    オーラがみえるときは初対面やしばらく会っていなくて雰囲気が変わった人とかで、そのなかでもしょっちゅうみえるなんて

    ことはありません。正直よく分からないです。夜、階段を上っているときに自分の足下が紫色のもやみたいのがかかっている

    ことがあって自分のオーラの可能性があるなとおもいました。その後も、紫色が自分の手の周りに一瞬見えたことがあって

    でも焦点を合わせてしまうと見えなくなってしまいます。あと気づいたのはこんなにも透明度が高くて綺麗な色味が罪をたく

    さん犯した自分にもあるんだということと。紫色がなんか青紫色にちかづいたり、逆に赤紫色にちかづいたり、薄紫色に

    なったりとなんか見るたびに色調というかなんか変化しつづけていてなんかとても危うくて危なっかしいようなきがいたしま

    した。何かまた少しの油断で、人を傷つけてしまう可能性があるなと。自分の小学生の時に犯した罪や今なお無意識になって

    しまった罪があると思います。本当に自分の日々の行動に慎重になり、自分の問題に最終的には逃げずに向き合うこと。

    怒りや不安や辛いことこそ成長のチャンスと考えて向き合いたいです。でも心はまだそれを

    完全には受け入れられません。向き合わなくてはと頭では思っていても、自分のプライドが捨てきれずに...

    本当に未熟者です。最近見た怖い夢も自分の罪を思い知らされます。怖い夢はそういえば小さい頃にもしょっちゅう見ていて

    高熱と呼吸困難みたいなので、救急車に運ばれたことが何度もありました。寝るのが怖かったのを思い出します。

    昨日は、数学の書籍を枕元に置いて眠りました。本当にお守りがわりにです。私は数学に心惹かれたのは中学の時です。でも

    数学の世界には本当にすごい人がたくさんいます。(一応学生です)なので、私は数学者とか物理学者になるかどうかは本当

    に悩ましいところです。数学は美しいですが、決して優しいわけではありません。私もまだ学生なのでよくわからんのですが

    未解決問題を解こうと思ったら、ずっと同じところにいたらまず解けません。一回その問題のことを忘れ、全く違うことを

    研究し始めると思わぬところで未解決問題につながるようなのです。あと夢とかで、インスピレーションを受ける場合もあり

    ます。私は正八面体の氷が落ちてくる夢をみて、そこから意外な問題の解決ができそうなのです。(まあ確信を持っていえる

    ことではありませんが)そういうなんていうか解けない問題は焦って解こうとするよりも、いったん脇に置いといて、できる

    こととか面白そうなことにとりかかってみると、遠回りにみえても意外なところとつながることがあるのです。それがやっと

    最近きがついたことです。つまり焦ってその場で解決方法をみいだそうとおもわないでって言われているみたいでした。

    最終的に綺麗にまとまる数学もそれを見つけ出すのは本当に複雑な過程を踏むことがあります。本当に厳密で厳しいなって思

    います。数学の世界では言葉さえも曖昧なことになるのですから。

    全てを吟味し、疑い、再構築する それが洗練された学問を生み出したのだなと思います。

    愛をこめて