悪口を言われた時、あなたはどんな気持ちになりますか。傷ついた、悔しい、なぜ自分が。さまざまな感情が渦巻くと思います。巷にあるスピリチュアルな記事は、「悪口を言われると運気が上がる」と説明している記事などもあったりします。、中にはホッとする人もいるかもですが、違和感を感じていてさらなる真実を求めている人もいるかと思います。
この記事では「悪口」についてスピリチュアルな視点から、もう少し深く掘り下げてみます。
結論:悪口を言われることは確かに辛い経験ですが、その本質を知ることで、外側の声に揺らがない内面の力を育てることができます。
- 「悪口を言われると運気が上がる」説の本当の意味と限界
- カルマの観点から見る「悪口を言われる理由」2つのタイプ
- 言葉を受け取らない力がなぜ日々の行いと直結しているか
悪口を言われると運気が上がるは本当か?
☆ウリエル☆この説は、正直、いくらなんでもと思いました(笑)
だからスピリチュアル業界はポジティブハラスメントって言われちゃうのでしょうね。
「運気が上がる」という言葉には、真実を含む部分と、大きな誤解が混在しています。どちらも理解した上で、本当の対処を考えていきましょう。
正しいこと、間違っていること
「悪口を言われると運気が上がる」という言葉が広く語られています。この言葉には一定の真実が含まれていますが、解釈の仕方によっては誤った方向に導かれることもあります。
正しい部分としては、悪口を言われる状況というのは、相手からの嫉妬や羨望が生まれている状態であることが多いという点です。つまり、あなたが何らかの意味で注目されている、何かを持っている、人から見て「気になる存在」であるという前提がある場合が多い。
間違っている部分は、だからといって「悪口を言われたから運気が上がった」わけではないという点です。正確に言えば、「もともとうまくいっていたから悪口を言われた」ということです。原因と結果が逆になっています。
本当はみんなに喜ばれてうまくいっている状態が一番いい
スピリチュアルな視点から考えれば、本当に運気が良い状態とは何でしょうか。それは周囲から祝福されながら、誰にも悪口を言われることなく豊かに生きている状態です。
悪口を言われながらもうまくいっているのは、確かに前進しています。でも同時に、誰かからマイナスのエネルギーを向けられているという事実には変わりありません。そのような状態にないほうが波動は保たれやすく、本来の力を発揮しやすいのです。「悪口を言われても大丈夫」と言われる前に、「悪口を言われない関係性と生き方」を目指すことが、スピリチュアルな意味での理想だと私は思います。
スピリチュアル的に見れば、悪口はマイナスエネルギーを向けられている状態
スピリチュアルな観点からすれば、悪口とはマイナスエネルギー、あるいは呪いの一種です。誰かがあなたに対して否定的な感情と言葉を向けるとき、そこにはエネルギー的な作用が伴います。それがない状態でうまくいっているのが、本来の意味での「運気が良い」状態です。


どん底の時期に、なぜさらに悪口まで言われるのか
初動でも過去カルマでも、すでに発動している状態
人生がうまくいっている時に言われるならまだしも、どん底の時期にさらに悪口まで言われるというのは、実際に起こりうることです。これはどう理解すればよいのでしょうか。
結論から言えば、これはほぼカルマが「すでに発動している状態」です。初動型のカルマがすでに動き始めているか、過去からのカルマが返済期に入っているか。いずれにしても今から防ぐことは難しい局面であり、だからこそ「どう乗り越えるか」に意識を向けることが大切になります。
2つの対応策|身に受けて解消するか、善行で緩和するか
このような状況での対応策は、大きく2つあります。
一つは、身に受けてカルマを解消すること。理不尽に思えても、それを受け入れながら清く誠実に過ごすことで、カルマは着実に消えていきます。逃げれば逃げた分だけ、別の形で引き戻されます。
もう一つは、善行やプラスの行いを積み重ねることでカルマを緩和すること。誰かに親切にする、誠実に向き合う、感謝の気持ちを持ち続ける。こうした日々の正しい積み重ねが、カルマを相殺し軽くしていきます。どちらの道も、清さと誠実さがベースになっています。
やってはいけないこと|マイナスエネルギーをさらに増やす行動
どん底の時期にやってはいけないことがあります。それはその場にマイナスのエネルギーをさらに増やす行動です。具体的には、悪口を言い返すこと、呪いを呪いで返そうとすること、あるいは自己嫌悪に陥り自分を愛せない状態に落ち込むこと。これらは全て、すでに発動しているカルマをさらに重くしたり解消を遅らせます。
辛い状況の中で自分を守ることは大切ですが、「やり返すこと」と「自分を守ること」は別のことです。自分を守るとは、波動を下げないこと、清さを手放さないことです。
カルマは罰ではなく、成長のステップとして捉える
カルマというと罪・罰・報いというネガティブな響きがありますが、本来の意味は少し異なります。魂の成長のために必要な機会と経験です。より大きな困難を乗り越えることで、より大きな力と知恵を身につけるためのステップです。どん底の時期に悪口まで言われているとしたら、それはある意味でその人が大きな成長の機会の中にいるということでもあります。
例外的なケース|天使性が高い人が受ける理不尽な攻撃について
一つ、例外的な状況についても触れておきます。常日頃から正しく振る舞い、誠実に生きているにも関わらず、理不尽に悪口を言われたり貶められる経験が続くことがあります。
このような場合、加害者側がもつ過去世のカルマを返済するために、今世で被害者の役割を担っているケース、あるいは高い天使性を持つ人間が、波動の低い人間から無条件に攻撃を受けているケースが考えられます。
どちらのケースでも、ある程度霊徳が抜けている人だと思います。ボランティア的というか、他人の借金返済に協力しているようなものなので。
これらのケースはどちらの場合も、長くは続きません。引っ越し、卒業、転職など、何らかの環境の変化で、だいたいきれいさっぱり状況が変わっていきます。なぜならもともとは自分のカルマではないからです。ですからそれまでの間は、できる限りポジティブな状態を保つことが最善です。


なぜ今、悪口を言われているのか|2つのスピリチュアルなタイプ
カルマ発動型|過去の積み重ねが返ってくる時
悪口を言われる状況には、スピリチュアルな視点から大きく2つのタイプがあります。
一つ目はカルマ発動型。これは過去の自分の言動が、カルマとして返ってくるタイミングです。過去に誰かを傷つけた言葉、陰でこっそり言っていた悪口、軽い気持ちで言ってしまった一言。それらが積み重なり、似た経験として自分のもとに戻ってくることがあります。出したものは返ってくるという霊的法則が、ここに働いています。
初動発動型|今の自分の状態が問われているサイン
二つ目は初動発動型。これは過去のカルマではなく、今の自分の状態や行いが引き金になっているパターンです。調子に乗ってしまっていた、謙虚さを忘れていた、誰かへの配慮が足りなかった。そういった状態が積み重なり、外から「気づかせるため」のサインとして悪口という形で現れることがあります。
この場合は、今の状態を整えることでその後の発動を防ぐことができます。自分を戒め、謙虚さを取り戻すことで、カルマとして持ち越さなくて済む可能性があります。
タイプによって違う、正しい向き合い方
カルマ発動型と初動発動型では、正しい向き合い方が変わります。カルマ発動型であれば、少ない被害で誠実に乗り越えることが目標です。やり返したり抵抗しすぎると、カルマが長引く可能性があります。初動発動型であれば、今すぐ自分を戒め謙虚さを取り戻すことが大切です。後から来るはずだったより大きなカルマの発動を、防げる可能性があります。
どちらのタイプかを見極めるには、過去の自分の言動を静かに振り返ることが、まず最初のステップになります。
言葉を受け取るかどうかは自分で選べる|言霊から見る悪口の本質
呪いを呪いで返すか・消化するか・祈りで返すか
言葉にはエネルギーが宿ります。誰かが発した悪口や否定的な言葉も、エネルギーを持った言霊です。その言葉をどう受け止めるかは、実は自分が選ぶことができます。
大きく分けると3つの選択があります。一つ目は、呪いを呪いで返すこと。言い返す、やり返す、同じように悪口で攻撃する。この選択はマイナスのエネルギーを倍増させ、自分にも相手にもカルマを積む結果になります。二つ目は、自分が受け止めて消化すること。怒りや悲しみを感じながらも、それをぐっと自分の中で消化していく。これは難しいですが、カルマを増やさない選択です。三つ目は、祈りで返すこと。相手の魂の成長を願い、心の中で祈る。これができる器量と寛容さがあれば、カルマを満たさずに済むばかりか、むしろカルマの解消を早める可能性があります。
「受け取らなければ言葉は戻る」が成立する条件
これも巷のスピリチュアル界隈でよく聞く言葉ですが、悪口は「受け取らなければ、言葉は発した人のもとへ戻る」といった話があります。これは本質的には正しい考え方ですが、一つ重要な条件があります。それは、自分にカルマ的な要因がないこと。自分が相手の言葉を受け取る「筋合いがない」状態であること。この条件が揃っている時にのみ、受け取らないという選択が霊的に成立します。
逆に言えば、常日頃から誰かの悪口を言っている人が、自分への悪口を「受け取らない」と言っても、それは霊的には成立しません。カルマ的に受け取らなければならない状況にあるからです。
受け取らない力の本質は、日々の行いにある
「受け取らない力」は、ある日突然手に入るものではありません。日々、自分が人の悪口を言わない、誰かを傷つける言葉を避ける、そういう積み重ねの上にのみ「受け取る筋合いがない」という霊的な状態が生まれます。言葉の受け取り方の話は、実は今日の自分の生き方の話でもあります。


清くあり続けることが、すべての答えになる
沈黙という選択|聖者の知恵を現代に活かす
悪口を言われた時、何かを言い返したくなる気持ちは自然です。でも、古来より伝わる聖者の知恵の一つに、沈黙という選択があります。言い返せば言い返すほど、相手のエネルギーに巻き込まれます。しかし静かに沈黙を保てる人は、エネルギー的に揺らいでいません。それ自体が、波動の高さを示しています。沈黙は逃げではなく、揺らがない内面の表れです。
カルマを最短で解消するために
どんな状況であれ、カルマを最も早く解消する方法は、清くあり続けることです。やり返さない、自分を嫌いにならない、善行を積み、感謝を忘れない。この一点を守り続けることが、最もシンプルで最も確実な答えです。
悪口を言われた経験は、確かに辛いものです。でもその経験を通じて、自分がどれだけ揺らがずにいられるか、どれだけ清く在れるかを問われているとしたら。それは魂にとって、とても意味のある試練です。清さを手放さないこと。それがすべての答えになります。
よくある質問
- 悪口を言われていないのに運気が下がっています。どういうことですか?
-
運気の低下と悪口は、必ずしも関連していません。悪口を言われていなくても、自分の内側の状態(思考・感情・行動)や、カルマの流れによって運気は変化します。むしろ悪口を言われていない状態でも運気が下がっているのであれば、外側ではなく自分の内側や日常の行いを見直すことが先決です。
- 悪口を受け流すと言うけれど、なかなかできません。まず何をすればいいですか?
-
受け流すことよりも先に、「受け取らない」という意識を持つことをおすすめします。相手の言葉に反応してしまうのは、エネルギー的に巻き込まれているサインです。まず深呼吸をして、言葉を自分の内側に「入れない」「意識を向けない」ことを意識してみてください。完璧にできなくても、その意識を持ち続けることが第一歩になります。
- 自分では悪口を言っていないつもりなのに、なぜ言われるのでしょうか?
-
いくつかの可能性が考えられます。過去世のカルマが今世で返済されているケース、あるいは高い天使性を持つ人が波動の低い環境で受ける理不尽な攻撃というケースもあります。また「悪口を言っていないつもり」でも、言葉ではなく思念・想念のレベルで誰かを否定していることが影響している場合もあります。静かに自分を振り返ることと、清く誠実に生き続けることが、最善の答えになります。
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コメント
コメント一覧 (5件)
勉強になりました。
Judithさんこんにちわ♪
読んで頂きありがとうございます♪
興味深く拝見しております。
ご相談ですが、私の知り合いに事故を起こして逃走した事実があることを知りました。
正直、驚きましたし自分のことしか考えていない彼女にドン引きです。その話を聞いてから3ヶ月ほど経ちますが、私は彼女のいい加減なところや自己中なところが大嫌いです。警察に情報提供しようか迷っています。
そんな折、彼女が妊娠したらしいのですが、そんな彼女のことを警察に情報提供するのは悪いことでしょうか?カルマの法則で私自身にも何か返って来るでしょうか?
「悪口を言いたい対象に自分物に対して、愛を持ち、許すことで自分の心の中から「衝動の源」と「悪意」を消し去る事ができます 」→自分物に対してとは?、具体的にどうやれば良いのですか?。。
日々の葛藤から勝ち取った小さな積み重ね、なんですね。
改悛もせず償いもせず、延々と悪事を浴びせ続けてくる相手を許すのは困難すぎて、怒りに駈られる自分の心を、許したふりをして偽ったり飾ったりもできず、
自分に無理をさせて自分の気持ちに嘘をつくのは違うんじゃないかと、時間を無駄に怒りに費やしてしまうことが多いです。
見放して絶つのが精一杯で、赦すのは簡単ではありません。苦しいです。
盗聴盗撮の被害が解決してくれないまま8年9年が過ぎ、継続しています。
過ぎた事柄ならば、怒りそのものを忘れてしまうこともあるのに、毎日嵩んで終わりのない怒りや悲しみは、簡単じゃないです。
非道い人に傷を負わされ溢れてくる否定心を抑えるなんて不可能に思えます。
自分が過去世で加害者だったのなら、自分の身に振り掛かるのは仕方がないことと思えても、加害者への否定心や怒りを赦しで昇華なんてとてもできそうにありません。
心の成長は、自分に無理をさせること、自分の心に嘘をつかせることなのでしょうか。