「二元」という言葉をスピリチュアルな文脈で目にしたことがある方は多いと思います。光と闇、善と悪、自分と他者というように、この世界は対立する二つの要素で成り立っているように見えます。しかし、その二元性がなぜ生まれたのか、そしてそこからどう抜け出していけばよいのかを知っている方は少ないかもしれません。
二元(二元性)とはスピリチュアルでどういう意味か
☆ウリエル☆二元性は、もともと一つだったものが分かれることで生まれたものとされています。その始まりから一緒に見ていきましょう。
神は一元的で、唯一無二の存在でした。創造(神)が自分を知ろうとしたとき、もう一つの創造(神)が生まれます。そこから生まれた光の兄妹たちと全ての物質は、もともとは創造(神)であり、一体であったとされています。
全ては元々一体であり、それから生まれた私たちは宇宙や地球、自然、この世界のあらゆる次元や物質と光の兄妹であり、一体です。やがて霊と物質、光と闇のように、二元性を持つに至ります。
分離の世界、魂が物質に降りたことで生まれた孤独
原罪とも言える魂の物質降下は、私たちの魂を物質で覆い囲い、「個」という概念を強く持たせました。
これは、海の水からくみ上げられたコップの水のようなものです。それが今この肉体に生きる私たちの魂が置かれた状態なのです。
ゆえに、もともとは一体であった私たちは、肉体に魂が閉じこめられたこの状態に「孤独」というものを感じます。
自分がもともと一体であった光の兄妹たちと創造(神)のことを思いだせたなら、孤独は離れていきます。つまりは、自分が何者なのかに気づき、愛(神)に一元的になることで満たされるのです。
これは私のもの、という欲は、一体から離れる選択と言えます。全てはもともと一つで、全ては借り物です。私たちのこの肉体さえも、そうなのです。
ワンネス――一体に近づくために、まず自分を大切にする
私たちは水ではなく、魂は肉体に囚われた生きた人間です。この状態でどうやって一体に近づけばよいのでしょうか。
普通、人間は自分のことを大切に扱い、自分を愛しています。たまに自虐的な人もいますが、それすらも自分で自分を思い通りにしているという意味では、自分で自分を愛しているのです。
まずは自分をもっと大切にしてみてください。わがままをして良いという意味ではありません。心や体をいたわって日々を健康に過ごす、便利グッズを買って生活を便利にするというような表面的な事柄ではなく、「本当に自分の為になること」を考えて実践するということです。
そして、自分のことを大切に扱えたなら、きっと、自分以外の人のことも大切に愛することができます。


地球を包む愛――自分から世界、そして宇宙へ広がる愛
自分を愛せたら、自分を大切に扱っているように家族や兄妹を大切に扱いましょう。思いやりや愛情を持つことが大切です。
それができたなら友人たちを大切に。それができたら仕事の同僚や知人、隣人を。それができたら自分の住んでいる町の人々を。それができたら自分の住んでいる県の人々を。それができたら自分の住んでいる国の人々を。
もちろん町や環境、自然、動物、人間以外のものにも愛情を向け、大切に扱うことができたら素晴らしいことです。それができたなら、やがて世界を自分のように大切にできるでしょう。
もしも全ての人間がそういう気持ちを持ったら、世界は家族であり、物質的でありながらも一体になれるのです。そしたら次は宇宙へ。夢は大きく、愛は無限大です。
神と愛をもっと知りたい人へ
神の愛は木々や自然、この地球、宇宙、この世界のすべてに満ちているとされています。愛はすべてを一つにします。神のエネルギーとは、私たちが愛と呼ぶものなのです。
ただ、多くの人は、本当の「愛」が何であるかをまだ知りません。だから神から離れ、孤独を感じています。愛を知れば満たされます。




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コメント
コメント一覧 (10件)
>心や体を労って、日々を健康に過ごす、便利グッズを買って
生活を便利にしたり楽にすると言うような表面的な事柄では
なく、「本当に自分の為になること」を考えて実践するのです。
この部分 とくに なるほど!と思います
もともと頑丈で成長してからは病気知らずなもので
心も体もボロボロでも 放置してるか ただただ 野生動物みたいにひたすら寝るみたいな事しかしていませんでした
先ごろ あるリーディングを受け 「自分を大切に」と言われてきたばかりです
でも 具体的には 何をどう変えるという展望が見えません
どこか根本的なところで 自分を大切とは思えない自分が存在しつづけているのも確かなのです
表層に働きかけるのではなくて そういう深層を変えたいと思っています
自分を大切にするって、ホント難しいですょね?。 自分が大切だからこそ、イィ意味でのプライドを持って「自分に厳しく人に優しく」って事も出来ますけど、ソレに無理が出て来てまで続けたとすると、今度は意味が違って来ますからねぇ?。
何事もバランスですょね?、やっぱ。 うぅ??ん、自己との対話が不可欠ですゎねぇ??。
まずは「自分」ですね♪
以前、「周りの人の心配ばかりしてるより、
まずは自分自身を確立するのが先だ」と言われた事があります。
・・納得です(^^;
自分を労う所が、基本なんですよねぇ。。。
孤独感と自己否定感に、苛まれやすい、駄目人間なもんで。
私は私を愛しています。私は私を許します。
私は愛されています。私は全ての人を愛しています。
そんな呪文?を、唱える日々です(笑)
。。。頑張ろうっと♪
いつも、色々教えてくださって、ありがとうございます。
自分だけでなく、愛する唯一の人だけでなく
あらゆる物や生きているものたちに愛を注げる心って素敵ですね☆彡
離脱については確かに恐怖のような…
魂抜け出て、もし体に戻れなかったら〔死〕に至る…
と思う部分があるのでやはり恐怖はあります。
でも、次に離脱のようなものが起きた場合は、それに身をゆだねてみよう、とも思います。
離脱するにはするだけの理由があるような気もしますしね。
でも、危険を伴うという事は忘れないようにします。
アドバイスありがとうございます☆
ひかりさんこんばんわ♪
何事もバランスが大事ですね、犠牲的な精神
とか奉仕に身を捧げる人生も尊いですが、
自分自身を多々人よりないがしろにしては
いけないと思います、人も自分も神から生まれた
等しく大切な存在だからです。
本当に自分の為に成ること、ウリエルにとっては
瞑想であり祈る時間であると迷わず言えますよ♪
でもその他の面ではウリエルも自分を野放しに
してたようにも思います、生きるべくに生きる
とでも言いましょうか。
自分を大切に、まずは自分というのは
ウリエルにとっても重大なキーワードです。
ハイパーロゼンナポ。さんこんばんわ♪
自分を大切に、難しいというか、時にこの選択は
人に決心を強いることがあります。
と言うのも、世の中に居る人間の多くは生きたい
ようにはなかなか生きられずそれでも生きていく
ために自分を大切に出来ない選択をせざる得ない
場合もあるからです。
故に、仰るとおりバランスが大切だと思いますよ、
自分も人も等しく。 バランス良くそれが出来たら
一番ですね♪
カンナ2さんこんばんわ♪
>まずは「自分」ですね♪
基本中の基本だと思います♪
まず自分が正しいことが出来て、初めて
人になにかを教えることが出来ます、
数学を知らない数学教師が世のやくにたたないの
と同じで、まずは自分をちゃんとせねば人の
やくにたつのはなかなか難しいです。
巽屋さんこんばんわ♪
>自分を労う所が、基本なんですよねぇ。。。
はい、順番で言ったら一番最初にきちっとしな
ければ成らないのは自分自身です。
>孤独感と自己否定感に、苛まれやすい、駄目人間なもんで。
人間誰しもそういった感情と日々綱引きをしながら
生きていますよ、ウリエルもたまに落ち込んだり
しますし、でもそんなときは祈りと瞑想によって
一体を思いだします。
想念は具現化しますから、よりよきを願ってく
ださいね♪
巽屋さんのその呪文はきっと日々良い流れを
引き寄せる力となっていますから♪
みいさんこんばんわ♪
人の胸腺よりあふれ出す愛情のエネルギーは
宇宙さえも包み込む力を持っています、
たかが一人の人間の愛にさえ神はそれほどの
力を与えたのです。
瞑想を通じて自分に訪れる変化は、それが自分に
必要があって、あるいは段階的に訪れてる
ものなのだと思って、自然と受け入れてください♪
力むことも考え込むことも何もないですよ♪
季節が変わるような穏やかな変化です♪
それに逆らおうとすると時折不具合も出ますが
全てはもともと人に与えられた力です♪