不倫のスピリチュアルな意味|カルマの視点でする側・される側を読み解く

なかむつまじい鳩

「不倫 スピリチュアル」と検索してここに来てくださった方は、さまざまな立場にいると思います。既婚者に惹かれてしまい、その意味を知りたい方。伴侶の不倫という現実の中で「なぜ自分が」と問い続けている方。今ある関係をどうすべきか、答えを探している方。この記事はどの立場からでも読んでいただけます。

目次

なぜ惹かれてしまうのか、カルマ的引力という視点から

☆ウリエル☆

既婚者への強い引力の中にいる方、あるいは裏切られた痛みの中にいる方、どちらの方にもまず伝えたいことがあります。その経験には意味があります。一緒に読み解いていきましょう。

既婚者に強く惹かれてしまう。離れたいのに離れられない。そういった状況に置かれている方は、単純な意志の弱さだけでは説明できない何かを感じているかもしれません。

スピリチュアルな観点から見ると、その引力にはカルマ的な背景があります。前世において不倫という経験をした魂が、今世でその解消の課題として同じ状況に引き寄せられるケースが実際にあります。

カルマ的な課題として設定されているとすれば、その引力は並外れて強く、理性だけでは太刀打ちできないほどの苦しさを伴うこともあります。

まずこう伝えたいと思います。惹かれてしまったこと自体は、あなたが特別に道徳的に欠けているということを意味しません。ただし、惹かれた先に何を選ぶかは、あなたに委ねられています。

カルマ的課題として引き寄せられた状況であれば、その課題を正面から受け止め、自制するという選択が、カルマ解消の答えです。

誘惑に勝つことができれば、次の人生に同じ課題を持ち越さなくて済みます。容易ではありません。カルマの引力は凄まじく強く、場合によっては半生をかけた課題になるかもしれません。ですが、その選択こそが魂の成長であり、未来の自分への解放を意味するのです。

不倫とは?浮気や不貞との違い

ここから不倫を深掘る上で、言葉の意味や定義を少しだけ確認しましょう。

浮気と不倫、何が違うの?
浮気は恋人の人と仲良くなったり恋愛関係になることで、肉体関係が有る無しに関わらず、「浮気」という言葉が使われます。
よくあるのは、彼女以外を好きになるだけで「浮気」か? とかキスは「浮気」か?みたいな議論です。
不貞は、夫婦、婚約などの内縁関係にある者が、異性と関係を持つことを言います。

不倫に関しては民法にも関わるのでもっと重く、場合によっては罰則もあります。不倫は、「既婚者が配偶者以外と肉体関係を持つこと」という具体的な条件があります。

つまり、不倫には「既婚者が配偶者以外と肉体関係を持つ」「未婚者が既婚者と肉体関係を持つ」「既婚者同士が肉体関係を持つ」といった感じでおおよそ3パターンあります。

不倫はスピリチュアル的にもカルマの法則的にもNG

恋はカルマの解消に必要な相手や経験を引き寄せるための引力です。

不倫とカルマの法則

人間が生まれてくるときに、魂が人生のプランを決め、その計画に基づき生まれてくるという話を以前した事があったかと思います。
じつのところ、「不倫をする事が人生のプランで生まれる前から決まっていた」みたいなケースはあります。
運命や宿命として不倫する事が決まっていたなら仕方なくない? って気もしますが、このような状態になった経緯が重要だったりします。

つまり、前世で不倫をした場合、そのカルマの解消プランとして「不倫をする人生」に生まれて来ます。そしてカルマの解消方とすれば、「誘惑に負けずに不倫をしないで人生を終える」というのが、カルマ解消の答えとなります。

もし既婚者を好きになってしまった場合は、そこから先の誘惑に負けず、不義不貞を犯さないという事が課題であり解決策です。

不倫に関する集団のカルマ

不倫は集団のカルマとして作用しているケースも多いです。
例えば三角関係、四角関係、過去性より立場が入れ替わり立ち替わりで、悪循環を抜け出せないケースですよね。
前世で不倫をしてしまい、今世では既婚者を好きになっても自制する事が課題。カルマの法則は同じような課題をもつ相手を引き寄せます。
ですから、もし既婚者を好きになってしまった場合は間違いを犯して来世に課題として持ち越さないように、モラルを持って生きましょう。

否定心が引き寄せる不倫という経験

不倫関係に陥るスピリチュアル的な理由の中に、否定心によって引き寄せた現実ということもあります。例えば不倫という行為を強く否定している人がいてその否定心は自体がカルマとなった場合、カルマ的な作用は否定するものを引き寄せます。学びのプランというケースもあることはあるのですが、その場合でも、良くも悪くも自分自身のこれまでの行い、つまりカルマがベースになっています。

どのようなケースでも不倫はしないにこしたことはない

いずれの場合でも、選択肢として最も良いのは、やはり不義、不貞を犯さないことです。
すでに説明してきた通り、基本的には既婚者に恋をするには前世にその原因となる行いがあり、そのカルマを解消する為に今世で引き寄せられるのですから、いかなるケースにおいても不倫関係にならなければ過ちを犯すこともありません。
ただし、既婚者が独身者を装って近づいてきて、結果的に不倫になってしまった場合は致し方ない場合もあります。

カルマの法則は行いよりも動機に強く作用するため、相手が既婚者であるという事実を知らなかった場合はカルマ的な作用や報いも少なく済みます。

ですが、事実を知った後も関係を続けたならば、それは「知っていて不倫をした」という事になりますので、できるだけ早くけじめを付けるのが良いでしょう。

不倫と罪悪感のお話

不倫という行為がもつリスクや、霊的なマイナス要因に気づかずに気持ちや感情の赴くままに不倫をしてしまうことはあると思います。
それほどまでに、カルマ的な引力や恋という力は強い拘束力を持っています。

不倫という行為や体験を通してしか解消出来ないカルマを過去世につくってしまった人であればなおさらです。
ある意味、苦しみや葛藤の中にこそ、解消すべきカルマや必要な気づきがあるのですから。

そういった視点からも「不倫」という行為をみてみると、現在人に多く見られるような大きな問題点がひとつ浮き彫りになります。

それは不倫に罪悪感をもてないという「心の問題」です。

例えば江戸時代であれば、「死罪」です。不倫をした人間は殺しても罪は問わないということでした。
つまり、かつて不倫は命がけであったということです。

不倫という行為に罪悪感がないというのは基本的には異常事態です。
リスクやデメリットが見えないばかりか、相手の気持ちや、相手の家族のこと、自分の未来さえも想像出来ていない状態であると言えますから。
不倫に罪悪感が持てないという人は、自分がどう思っているかではなく、関わる人達の気持ちや、その人達の未来にどのような影響があるのか。自分自身の未来にどのような影響があるのかを考えてみてください。

カルマの法則的に言うと、不倫という行為は自分だけでなく、相手や関わる人たちにも新たなる罪を、カルマを生み出す可能性があります。

何故か好きになる人がいつも既婚者

たまに居ます、何故か好きになる人がいつも既婚者で、恋人関係になった後から知るパターンも多いでしょう。
恋はカルマ的な引力なので、こういったケースは解消しなければならないカルマとして引き寄せられているケースです。

今世で課題を乗り切らないと、また来世で同じ課題を持って生まれてくることになります。

事前に相手が既婚者かを判断するのは難しいですが、こんな試みで相手の反応を伺ってみてください。

「相手の家に遊びに行く」「休日に誘う」「休日に電話をする」などです。

もし既婚者に恋をしてしまったら、「連絡方法を無くす」「趣味や仕事に没頭する」いずれにしても相手にフォーカスする気持ちをそらしたり断ち切る事が大切です。

普段から、「不倫はダメなこと」という価値観をチラつかせる事も大事です。

スピリチュアル的に言うならば、強い感情エネルギーや想念を向けられると、恋という引力から逃れるのがますます難しい状態になります。

その時は祈りましょう。
祈りは感情や想念よりも上位のエネルギーだから、自分の心を取り戻すことができます。

もし、無私の愛に目覚められたなら、「不倫」という関係にならないこと、潔く身を引くことは容易いでしょう。
相手を手に入れたいというのは、「強い愛情」です。
相手や相手の恋人、家族のことを思って身を引けるのは、本当の「愛」だからです。

実際のところ、恋という引力は凄まじく強いので、カルマ的に既婚者に恋をした場合は、自分の愛と理性の全てを総動員しないと乗り越えることは難しいでしょう。

容易くはないので場合によっては半生をかけた課題になるかも知れませんが、カルマの螺旋に陥らないように自分を正しく導きましょう。

ツインレイ、ツインソウルと不倫

人間の自由意志は運命を、宿命を凌駕する力を持ちますから、清く、誠実に、愛に満ちた選択ができればそれが何よりです。

スピリチュアルな分野で言うと、魂の絆やツインソウルを不倫や不義不貞の口実にするのは良くない傾向だなと思い見ています。

今の相手が偽りで、魂によって結ばれているツインソウル(不倫相手)が真実の相手だと主張し、自分たちの行いを正当化しようとする人が居ます。

スピリチュアルな界隈にはわりと居ます。どのように解釈し、偽ろうとも…

真実によって報いを与えられる、それが真理です。

ですから、どのような言い訳をしようとも行いに対して正しい報いが与えられると理解してください。
その報いとは、来世でもう一度同じような境遇で試みられるということです。
輪廻転生の螺旋、不倫の螺旋に陥らないように気をつけましょう。

アセンションと不倫

これもツインソウルやツインレイにたような話ではありますが、アセンションを不倫や不義不貞の口実にするのはやめましょう。

なぜアセンションが??? って思う方も居るかも知れませんが、これもスピリチュアルな界隈で聞くような話で、アセンションの時にツインソウルと統合させるとか?

アセンションの時にツインソウルと統合されるから、その時の不倫は不倫じゃないとか?
もはや都市伝説に近づいているアセンションですが(むしろもともと都市伝説?)

アセンションなんてあるか無いかもわからないものを理由にしてよいことではありませんし、実際よくよく考えると不倫って本当にリスク大きいです。
霊的に正しい行動をとりましょう。あなたの本質はすでに気づいているはずですよ。

不倫における唯一の例外

カルマの法則が、行いよりも動機に強く作用するという話を以前何度かしたことがありますが、もし不倫がスピリチュアル的にOKというケースがあるとしたら動機が純粋な愛によるケースに限ると思います。

例えば相手を救うためにそうする必要があったみたいな場合です。
ここで言う純粋な愛とは、無私の愛、神のエネルギーの性質としての愛です。

本当に純粋な愛であれば、相手が既婚者であっても、肉体的な要素を排して手助けができるようにも思うので、私から例外と言っておいて矛盾しますが、あまりあるケースでは無い、むしろ稀なケースと思ってください。

これも、ツインソウル同様、不倫を正当化する逃げ道となり得てしまうので。

ですが、不倫することで相手の命が救われる、動機は愛だった、カルマは動機に強く作用するのでこういったケースは例外や、カルマ的報いが極端に少ないケースになり得ます。

否定心をもたないように

不倫をしている人が周りに居たら、見守る側の人達は否定心を持たないようにしましょう。
カルマとは、その性質がいかなるものであれ、例え不倫であれ、その本質は学びと浄化です。
カルマは本当にさまざまなケースや現れ方をしますし、人生を劇とするならいつどんな台本を渡されるか本当にわかりません。

自分のことも人のことも、いつも素晴らしい変化が訪れるように祈り、本当の愛を持ち行動できたら幸いです♪

された側へ、なぜ自分がこの苦しみを経験しているのか

不倫をされた側の痛みは、した側とはまた別の深さを持っています。裏切り、不信、自己否定、怒り。これらはすべて正当な感情です。その上で、スピリチュアルな視点からこの問いに向き合ってみてください。「なぜ自分がこの苦しみを経験しているのか」という問いです。

前世のカルマとして引き寄せられるケース

された側にもカルマ的な背景がある場合があります。前世において自分が不倫をした経験があり、今世では逆の立場として、裏切られることの痛みを学ぶというプランで生まれてくるケースです。これは「罰」ではなく、魂が両側の経験を通して成長するための機会です。

「なぜ私が」という問いは、このカルマの視点から見ると「前世の自分が設定した学びの課題」として読み替えることができます。原因のない結果はなく、すべての経験に魂の意図があるという前提に立てば、この苦しみには意味があります。

この状況から「自立」へ向かうことが目的のケース

また、不倫された経験が「依存からの自立」を学ぶ機会である場合もあります。パートナーへの過度な依存、自己価値を相手との関係に置きすぎていた状態。そこから自立していくことを、この経験が促している可能性があります。

この場合、その状況から離れていくことが魂のプランに沿った選択となります。苦しみの中で自立の力を育てていくことが、この経験の本質的な意味です。

共に歩み続けることもまた一つの道

一方で、過ちを犯した伴侶と連れ添い続けることが、自分の人生のカルマとして設定されているケースもあります。表面的には苦しい選択に見えますが、その選択を「諦め」や「我慢」ではなく、「愛で支える」「愛で相手を正しい道へ導く」という動機から取るなら、それは正しい選択となりえます。ケースはさまざまであり、どれが正解かは一概には言えません。ただしどのケースにおいても、選択の動機が何であるかを問うことが大切です。

する側もされる側も問われること——根底に「愛」があるか

する側であっても、された側であっても、どのような立場であっても、最終的に問われることは一つです。「その選択の根底に、愛があるか」ということです。

憎しみを抱きながら連れ添い続けることは、愛ではありません。お互いを傷つけ続けることになります。同様に、怒りや恨みを抱えたまま離れていくことも、新たな因果を生みます。来世で再び同じような状況に巡り合い、同じカルマを繰り返す可能性があります。

一方で、愛で支えるという選択、愛で相手を正しい道へ導くという選択、そして互いのために愛で離れるという選択。これらはすべて、根底に愛がある限り、正しい選択となります。

する側も、された側も、この本質は変わりません。どのような選択を取るにしても、その動機が愛であるかどうかを問い続けてください。愛に基づいた選択は、カルマを解消し、魂を前へ進めます。憎しみや恨みに基づいた選択は、新たなカルマを生み、螺旋の中に引き戻します。

スピリチュアルな意味を求めてここに来てくださった方へ。意味はあります。そしてその意味を受け取った後に取る選択の質こそが、あなたの魂の成長を決めます。どうか、愛に基づいた選択を。

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この記事を書いた人

☆ウリエル☆です♪
天空の庭先 スピリチュアルブログは arcangel.jp のドメイン開設してより、今年で20周年を迎えました。瞑想歴30年以上、オーラ視、浄霊、ヒーリング、などなど、いわゆる霊能力と呼ばれる力を持っていて、占星術など占いの分野やオカルトなど、スピリチュアルな分野に精通しています。これまでの人生でのスピリチュアル体験から得たことを記事にしています♪
関わる人全てに豊かになって欲しい。それが私の願いです。

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