オーラが見えたり、ヒーリングや浄霊ができたりする管理人が、たまにはスピリチュアルを批判してみようと思います。「え?」と思う方は結構いるかもしれません。一般的に「批判」という言葉は否定や非難のようなニュアンスで使われることが多いのですが、「批判」とは本来、良いところと悪いところを仕分けして評価・判定するという意味です。スピリチュアルの問題点も正直にお伝えしながら、良い部分も含めて私なりの評価・判定をお届けします。
「スピリチュアルの問題点」が語られる背景
☆ウリエル☆スピリチュアルを長く続けてきた立場から言えば、この分野には本当に価値のある部分と、明らかに問題のある部分の両方があります。どちらかだけを語るのは誠実ではないと思っています。
スピリチュアルへの批判は、昔から絶えることがありません。しかし近年、その背景が変化しています。SNSの普及によって、霊能者や占い師を名乗る人物が簡単に集客できる時代になり、それに伴う被害も増加しています。
SNSと霊感商法の現在地(2025年)
消費者庁のデータによると、霊感商法に関する消費生活相談は年間1,200〜1,500件程度寄せられています。「セミナー1回で100万円」「不安をあおって壺を購入させる」「開運グッズを繰り返し買わせる」といった手口は、現在もSNSやオンラインサロンを経由して続いています。
出典:消費者庁「不当寄附勧誘防止法」
2022年12月、こうした被害への対応として消費者契約法が強化されました。「霊感等の特別な能力があるかのように告げて不安をあおり、契約させた」場合の取消権行使期間が、それまでの「認できる時から1年間・契約から5年間」から「3年間・10年間」に延長されています。被害に気づくのが遅れても、救済の道が開かれやすくなりました。
SNS上では「フォロワー数=霊的権威」という歪んだ図式も生まれています。発信力のある人物が「この人は本物」と認定されてしまい、実態とかけ離れた信頼が積み上がるケースも少なくありません。スピリチュアルへの批判の多くは、こういった問題ある事例への反応から生まれているのだと思っています。
「批判する側」も「される側」も課題がある
面白いことに、スピリチュアルを批判している人の多くは一般の方々ではなく、スピリチュアルカウンセラーやスピリチュアルなサイトの運営者、ヒーラー、スピリチュアルライターなど、スピリチュアルな分野に関わる人達ばかりです(笑)
「自分は正しくて、他の人は間違えている」と主張したい人が、この世界にはとても多いように感じています。
宗教や思想の違いから相手を認められない、否定してしまう人もいます。スピリチュアルに関わる同業者たちの否定心が、面白いほど透けて見えています。正直に言うと「どんぐりの背比べ」です。そしてきっと、この記事を書く私の心も読者の皆さんに透けて見えているかもしれません。日本のスピリチュアル業界に対する失望感のようなものが、私の中にもあります。
スピリチュアル批判という言葉が指す意味はおもに2つあると思っています。
ひとつは「スピリチュアル自体のこと、霊的という意味」
もうひとつは「スピリチュアル業界とユーザー」の問題です。
批判は否定や非難とは違います。良いことも悪いことも正直に評価・判定して、最後はそれを提案に変えていきたいと思います。
スピリチュアルの良いところ
目に見えない霊的な存在を受け入れることで現実の視野が広まる
神、カルマの法則、運命と宿命、霊的なエネルギー、霊的な存在。そういった目に見えない存在に気づき、感じられるようになることで、世の中で「原因不明」とされているさまざまな事柄にも自分なりの仮説を立てたり、場合によっては検証したりすることができます。原因が分かると対策も立てられるので、さまざまな問題を改善していくことができます。スピリチュアルはとても広い視野を与えてくれます。
自制心と良心が強まる
神や聖なる存在、亡くなった人達、自分を見守る目に見えない存在が実在するという感覚は、悪への誘惑に駆られたときに自制心を強めてくれます。「誰も見ていないからいいや」とは思わなくなります。タバコやゴミのポイ捨て、困った人を見捨てる態度、そういったことを含めてすべて見られているという意識が生まれます。自分を正しく律するための一つのきっかけになってくれます。
自分の身に起きることを前向きに受け止められる
カルマの法則を背景に、人間の人生に関わる運命と宿命について理解すると、自分の人生に起きるあらゆることに意味や必要性があることが分かります。良くないことも前向きに受け止めたり、いかに改善するかを自然と考えられるようになります。スピリチュアルはとても寛容な心と忍耐を与えてくれます。
カルマの法則を受け入れることで人間への深い洞察力が身につく
カルマの法則を知ってから、自分に関わる人間の「今」だけでなく、そうなった原因となった過去や、さらにはカルマや過去世、霊的なエネルギーなど目に見えない「原因」を考えるようになりました。今見えているものだけに囚われない、人間観察力や洞察力が養われます。


スピリチュアル業界の良いところ
神や目に見えない存在について、たくさんの人達に知ってもらう機会が増えること自体は良いことだと思っています。スピリチュアルカウンセリングやヒーリングについても同様で、たとえ有料であっても間口があること自体には価値があります。
もし一般の人々に知られる機会も間口もなければ、スピリチュアルな情報と出会うことなく一生を過ごしていく人もいるかもしれません。人間の精神性が高度に発達した現代において、スピリチュアルな情報が良かれ悪かれ世の中に広まっていくのも、なるべくしてなった一つの形だと思っています。
詐欺まがいのものや、価格分の価値を提供できていないサービスも多くありますが、消費者が自分で考えて情報を精査する機会を得るということ自体、一つの学びの機会でもあります。
世の中に広く広まっているスピリチュアルの多くは幼稚園児の空想のようなもので、それを教えている人達も幼稚園の年長組レベルくらいの感じです。それでも、自主性や主体性を持って取り組んでいる人達や、その機会があること自体には大変な価値があると思っています。中には高校生レベル、ちゃんとした先生レベルの方もいるので、そういった方々と出会えた人はとてもラッキーです。
ちなみに天空の庭先については、私自身は「本」と同じだと思っています。今は自分で手を出して人に直接関わることをしていないからです。自分の身体と手を使って人に関わる活動をしている方々を尊敬していますし、尊重もいたします。いずれ今すべきことが終わったら、自分の手と身体を使って関わり合うことができたらと思っています。


スピリチュアルの問題点
自分を特別視して独善的な状態に陥りやすい
目に見えない事柄だけに、人と議論を交わしても正しい結論に至りにくいです。霊的な意識や知識を持つことで、自分が一般の人達よりも一歩進んだ状態であると錯覚しやすくなります。
仮にそれが事実であるとしても、霊的な意識や知識を持たない人達を見下したり、押しつけるような態度に出てしまう人がいます。霊的な能力を持つほど、その傾向はますます強くなります。私がよく「スピリチュアルなハシカ」と呼ぶ状態です。
どちらが正しいかという議論は、二元的な世界でのものです。神やカルマの法則は「動機」に強く作用します。霊的な意識や知識の多さが魂のレベルを決めるわけではありません。それをいかに活用したか、どれだけ愛に変えられたか、が問われるのだと私は考えています。
何でも他人やスピリチュアルのせいにしてしまう
例えば、自分に攻撃的な態度をとる人に対して「あの人は霊に取り憑かれているのでは」と考えたり、体調が悪くなると「誰かの呪いかも」「霊に取り憑かれたかも」と思い込んでしまうケースがあります。
この状態に陥ることで起きる一番の問題は、「自分には原因がない」と思い込んで、何でも他人やスピリチュアルのせいにしてしまうことです。逆の極端な例もあります。「全部自分のせい」という考え方で、こちらはある意味、誤った自尊心だと思っています。
地震が起きたのは地球の怒りだとか、蜂が減ったのはアセンションの前触れだとか、検証が難しいことを何でもスピリチュアルに起因させてしまうことがあります。実際にはすべての物事に霊的な要因が絡んでいるとも言えますが、それを自分の都合の良い方向に解釈してしまうというところが問題の本質です。
目に見えない存在を受け入れることで起きるトラブルがある
天空の庭先では人間の想いが実現する仕組みについて書いていますが、目に見えない存在を受け入れることでその想いが実現し、それがトラブルになることがあります。最もよくあるのが「霊媒体質を形成する」こと、そしてそれが原因で「霊に憑依される」ことです。
スピリチュアルへの取り組み方にもよりますが、見えない存在が関わる霊的なトラブルに巻き込まれる可能性は高まります。この点は、特にスピリチュアルを始めたばかりの方に知っておいてほしいことです。
スピリチュアル業界の問題点
スピリチュアルの問題点として挙げた3つの合わせ技、と言えるかもしれません。簡単に言えば、スピリチュアルを正しく理解していない人達がたくさんいて、未熟な人達ほどさまざまな問題に繋がる行動をします。自分を特別視して独善的になったり、嘘を本当のことのように言い広めたり、それで商売をしている人達さえいます。目に見えないことなので、効果の検証もしにくいです。
価格以上の価値を提供できているか
スピリチュアルな分野で仕事をしている方に考えてほしいことは、価格以上のサービスや価値を提供できているかどうかです。飲食店ならば接客の質・料理の味・サービス全体で評価されます。スピリチュアルにはハッキリとした品質基準がない以上、各人のモラルに依存する部分が大きくなります。国家資格や国が定める品質基準のようなものがあると良いと、正直思っています。
SNS時代に加速する「インフルエンサー化」の問題
SNSが普及したことで、新たな問題が生まれています。フォロワー数や再生回数が多い人物が「本物」として認定される構造です。スピリチュアルの分野では本来、実績や霊的な誠実さで評価されるべきですが、SNS上では「発信力」がそれに取って代わっています。
日本では、霊能者の名前が世の中に広まるきっかけは、実績よりもテレビや大手メディアに取り上げられることが多かったです。現在はそれがSNSに移行しただけで、本質は変わっていません。霊的な力を持つ・または持つと自称している人達を権威化しているのは、マスコミであり、SNSの仕組みであり、そして盲目的に情報を鵜呑みにする一般の人達でもあります。
霊的な力を頼りにしたい人は多くの場合「困っている人」「藁にもすがりたい人」です。サービスを提供する側が強く、受ける側が弱いという力関係が生まれやすいのが、この業界の構造的な問題です。なので私からのおすすめは、態度がでかい霊能者や法外な金額を要求する霊能者とは、いったん全員と関わらないことです。誰にも相手にされなくなれば、さすがに自分のしていることの本当の価値に気づくでしょう。
スピリチュアルの問題点 まとめ|3タイプへの提言
この世界は二元的な世界なので、良いことも悪いこともあります。私なりにスピリチュアルを評価・判定した結論を、3タイプの人に分けてまとめます。
スピリチュアルなビジネスをする側へ
プロ意識を持って、自分が行っている活動を振り返ってください。自分が提供しているサービスが本当に価値のあるものかを問い直してほしいです。品質基準がない以上、各自のモラルが土台になります。真実によって測られる、それが真理です。来世をどのように迎えるか、それは今世の行動にかかっています。
無料でスピリチュアルを広めたり活動している方達へ
奉仕の精神に基づく活動はとても素晴らしいと思っています。だからこそお伝えしたいことがあります。カルマの法則は「動機」に強く作用します。神とこの宇宙の法則は、真実によって報いを与えます。
活動自体が素晴らしくても、他者への否定心を持つとそこでマイナスが生まれてしまいます。自分だけが正しいという考えに基づいて他者を否定することは、「愛」から離れる行為です。せっかくの奉仕の活動ですから、愛と忍耐を持って人に寄り添ってあげてください。
スピリチュアルな分野に個人で関わる人たちへ
色々な方がいると思います。個人で霊的な探求をしている方も、何か改善したいことや悩みがあってスピリチュアルな情報を探している方もいると思います。
消費者として大切なのは、「自分で考えて判断する力」を手放さないことです。霊的な権威に頼りすぎず、まず自分自身の感覚と直感を信頼することを大切にしてください。態度の大きい霊能者や法外な金額を要求するような人とは関わらないこと。スピリチュアルライフについてのシリーズ記事に、関わり方のヒントをたくさん書いています。
結論|本当のスピリチュアルとは何か
長くスピリチュアルな世界に身を置いてきて、私が確信していることがあります。スピリチュアルは毒にも薬にもなる。これは最初から変わっていません。
良いところも問題点も、どちらも本当のことです。大切なのは「信じるか否か」ではなく、「どう使うか」です。スピリチュアルな知識や体験をいかに日常の行動に活かし、周囲への愛に変えられるか。そこに尽きると思っています。
カルマの法則は動機に強く作用します。だから「何のためにスピリチュアルと関わるのか」という問いが、常に中心にあるべきです。自分が特別であることを証明したいためなのか、本当に人の役に立ちたいためなのか。その動機の違いが、積み重なっていくカルマの質を決めます。
霊的な知識や能力の多さは、魂のレベルとイコールではありません。どれだけ多くのことを知っていても、どれだけ強い能力を持っていても、それを愛に変えられなければ意味がないと考えています。逆に言えば、霊的な知識がほとんどない人でも、誠実で愛情深い生き方をしている人の方が、ずっと魂のレベルが高いということもあります。
スピリチュアルという分野が健全に発展していくためには、関わるすべての人の「心の清め」が積み重なっていく必要があります。業界の人も、個人で探求している人も、情報を受け取る側の人も含めて。愛が大きくなれば、自然とより良い思想やサービスが広まり、豊かになる人間が増えていくと思っています。
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コメント
コメント一覧 (2件)
ウリエルさん、こんにちは♪
お具合、大丈夫でしょうか??
日々忙しい中の記事の更新、ほんとうにありがとうございます。
どうかお体良く休められていますように。。⭐︎
私もこの秋3度も風邪をひきましたよ。笑 ひどすぎでしょ。
そして具合の悪い間、支えてくれる家族のあることがありがたく感じますよね。
いつもは私が食事を作る係ですけど、そんな時は夫が慣れない手つきで料理してくれますが、
誰かに作ってもらった料理ってどんなでも美味しい〜幸せ〜♡って思います。笑
私が見えない世界について知ったことで何よりも私を救ってくれたのは、神なる存在のあること、です。
人は死んだらお終いじゃないんだ。 また大好きだった人たちきっと会えるんだ。
いつも見守ってくれる存在があるんだ。 私、一人じゃないんだ!ってことです。 その時に心の平安が訪れました。
そして、人が輪廻をしていることを知ったからにはこのまま邪心におぼれていちゃぁまずいよね。見られてるし。って思いました。笑
神の存在のあること、そのことがより良く生きていこうと思うよすがとなっています。
スピリチュアル、、。諸刃の刃ですよね。
それを活かすも殺すもやっぱり心次第な気がしてます。
仏教には自灯明の教えがありますよね。
自灯明のできない時に人は何かに頼り、時として依存していくのだと思います。
私にとってのスピリチュアルはまだまだ理解の及ばないことに溢れてますが、それを知って高慢になってないか?
知ることは必要なことなんだろうか? それを知って私はどうしたいんだろう?
そんな風に自分に問いながら拝見しています。
ウリエルさんも様々な思いを持ちながらいつも記事を更新してくださっていること。
そのことがとてもとても励ましをくれます。
ウリエルさん、いつもありがとうございます♪
おだやかな週末をおすごしですように、、⭐︎
のんたんさんこんにちわ♪
頂いたコメントを返信している今は、体調はほぼ回復しています。
ですが、やはり年齢を感じますね。
オーラのバリア機能が年々弱まるのを感じています。
スピリチュアル(霊的)は諸刃の剣、本当にそうだと思います。
正しく生かせるか、毒として飲み込んでしまうかはそれぞれに委ねられていると思います。
私が書く気時は、いつも結論は一つしかありません。
何故いつも結論が一つなのか? 根源が一つだからです♪
こちらこそいつもありがとうございます♪