「自分で感じて考え、自分で決める」 「神を師とする」 「宗教を超える」

前回書いたのは3つに共通して言えることは、他人を頼り切らないという事と、人ではなく、真実の神(宇宙の法則や愛)を求めていく事の大切さです。

神を師とするならば恐れるものはありません、現実の失敗さえも魂の成功となることでしょう。

しかし、私たちは、自分以外の人の言葉を聞いたり、自分より進んだ人の意見を取り入れていくことも勿論大切です。

そのためには自分を導く「導き手」の存在というのも実際は大切です。
しかし、愛し絶大な信頼を置いている人の言うことであっても最後は自分で判断しろというのであれば、どうやって導き手を見分けたら良いのでしょう?
自分により良い影響を与える導き手とは一体どのようなものなのでしょうか?

今日書くことは、安全に精神世界を探求して行くために人間を見分ける基準をいくつか書いてみようと思います。
これは偽霊能者や偽預言者、スピリチュアルや精神世界の分野で有害ものを見分けるのにも役立つと思います。

■導き手の見定め方

お金を要求するか否か?

ビジネスと奉仕は全く別のものです。
ビジネスが悪いと言っている訳ではないですよ♪
私だって会社で働いてますからそれと同じです。
それと同じなので、完全な奉仕とは違うと言えます。
何より、私の知る限りでは、聖人や覚者は決してお金を要求しません。
このことは理由をしっかり書くと長くなりそうなのでいずれ書きますが今回は簡単にだけ書いておきます。

「何より神の国と正義を求めなさい、そうすればその他もおのずと与えられる」
これはキリストの言葉ですが、具現化のマスターでもある彼ら聖人や覚者は必要なものは必要なだけ天によって与えられました。
マザーテレサが愛と信仰によって具現化したものはだれにでもとても分かりやすい例です。
彼女の活動は自分自身とそれを支援するたくさんの愛と奉仕に支えられていました。

本当の奉仕者や導き手は人間から、ましてや貧しい人からお金を要求するなどということは決して有りません。ビジネス(有料)であるか、奉仕(無料)であるかは人や思想を見分けるよい基準と言えるでしょう。

強要をするか否か

まず宗教や思想に関してですが、どのような宗教や思想であれ、完成への道、神と一体となる道は存在します。
聖人や覚者はこのことをよく分かっていますので、自分の事だけを信じろとは決して言いませんし、自分だけを信じさせるように仕向けることもありません。
もちろん物やお金を強要することはあり得ません。
私の知る限り、聖人や覚者は愛に満ちあふれてはいても
「来るものは拒まず去る者は追わず」
といった姿勢を取ります。彼らには欲や依存心がないからです。

求めているものが何か?

愛と謙虚さを求めているのか?、名声や名誉を求めているのか?
組織の繁栄を求めているのか?富や財産を求めているのか?
神の真理を求めているのか?

世の中には賢く狡猾(こうかつ)なうそつきも沢山居ます。
メディアに露出するような人にもうそつきは多いです。
彼らは過去の聖人や覚者の言葉さえも、自分に都合のよい形に置き換え、たくみな理論で人を惑わせます。しかし、口では何と言おうとも、その人間がかき集めて抱え込もうとしているもの、抱え込んでいるものを見れば解ります。
導き手を見分ける簡単な基準をいくつか書いてみました。

私はよく、富や名声は落とし穴であると言いますが、その落とし穴にはまっているか否かを見たら分かりやすいと思います。中でもお金や社会的成功を目指す姿勢はもっとも落ちやすい穴で、もっとも見分けやすいポイントであると思います。



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