対人ヒーリングをする時、矛盾する2つの側面

愛に基づけば誰にでも分け隔て無く求めに応じてヒーリングを行い、奉仕を行うべきでしょう。
ですが、心の清めに応じて心眼が目覚めると、つまり本質を見抜く目を持ち始めるとヒーリングはだれこれ構わず行うべきではないことに気がつくときが来ます。
何故でしょう?

簡単に例をあげて書いてみたいと思います。

1依頼者の不摂生、自己責任
例えば仕事もせず学校にも行かず、暴飲暴食して、深夜まであそびほうけて昼夜裏返ってしまったような人が結果身体をこわしてしまった場合、ヒーリングしたとしてどうでしょう? 体調が良くなっても同じ生活をしていたらまた悪くなります。
こういった人にはヒーリングを行うよりさきにさせるべき事があります。
自己管理です。

2本人以外からの依頼
エネルギーを感じるのは一つの段階であるという事は説明したことがあります。
むろん、エネルギーを求めると言うことも一つの段階です。

息子の病気をいやしてください。と依頼された場合、本人が口をきけないような重体であるならともかく、そうで無い場合は必ず本人の意志の方も確かめましょう。
いやがってる人間に無理矢理行っても否定心を生み出す結果に終わる場合もあるからです。

3生活習慣病
これも1とよく似ています。これは本人の、これをキッカケに必ず治す!という強い決意が無い限りは本質的な回復は難しいです。

4商業的ヒーラーへのヒーリング
無料の奉仕としてヒーリングを行っている方は、基本的には有料ヒーラーのヒーリングは行わないのがよろしいでしょう。これをしたらもはやエネルギーの流通業ですね(笑)
もし行う場合は無制限に応じる事は避ける方がよいです。自分と相手の為になりません。

5時期が来ているかどうか
私が人をヒーリングする時、かならず上に確認することがあります。
私がそれをする事を、神が望んでいるか否かです。

例えば、カルマであれば、そのカルマの返済がある程度終わり、時期が来ないと癒せないケースも沢山あります。
時期が来ていない場合でも、ひとつの経験として、神や高次の存在が望むこともあります。

5つ挙げましたがどの場合でも、苦痛を少しでも減らしてあげたいと思うなら手を出す事はしてよいと思います。その気持ちそれ自体が愛であるならば失敗も成功なのですから♪



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