カルマが人間の心身に与える7つの影響
7つめは不徳と神性です。

■不徳
不徳が霊的な力を目覚めさせる妨げになります。
そういった人間の傾向としては、その人間を不信仰や物質主義へと走らせたり、心をかたくなにさせます。その結果、良心の声を遠ざけ、その人間をときとして悪へと向かわせます。

しかし、3次元は二元化された世界ですが、高次は光と一体によってなり、我々3次元の人間は神への帰省本能を持っています。

故に不徳によって悪を行う人たちの多くは、自分の行いと良心との呵責(かしゃく)にさいなまれ最もつらい苦しみを味わいます。

神など存在せず、人間は死ねば終わりと言った思想を信じ、思いこもうとします。
真実による裁き つまりは 神の真理を恐れるからです。
不徳により身体から聖霊が離れ去り、その結果肉体の劣化が速まって肌などが実年齢より老いて見えます。 美しく老いるのも醜く老いるのも我々次第と言うことです。

これらカルマが肉体に及ぼす影響の傾向を逆手に取ると、いかにしてカルマを解消し、肉体の健康を取り戻すかといったことが分かってくると思います。

不徳が生み出すマイナス作用を解消するには?


■徳・神性
徳とは一体なんでしょう? 徳とは、すぐに持る心がまえのようなものとも少し違い、積みかさねていくものであると言えます。

キリストの教えに基づく徳とは、「愛」「希望」「信仰」です。
西洋の古典世界では、「正義」「叡智」「忍耐」「清貧」なども徳とされています。

徳の概念は宗教や思想によって様々ですが、本質的には共通しているように思います。
私自身の認識で言うと、徳とは自己を神性へ近づける人間のあらゆる良い行いの積みかさねつまり、良いカルマの積みかさねです。
神聖へと近づくという意味で、「信仰」はとても重要な要素であると言えると思います。

信仰という言葉はいかにも宗教的に感じるかもしれませんが、どんな宗教や思想にも属さない人でも、あらゆる良い行いを積みかさねている人は、意識的、無意識的にかかわらず、信仰を持っていると言えます。

逆に、自己愛を優先させる狂信者や欲望やエゴを優先する人間は、いかに宗教や思想、信仰をかかげようとも、それは本当の信仰とは言えません。

「心の汚れた神官よりも、心の清い無神論者の方が神に近いのです」

私たちがカルマやあらゆる衝動、思考、感情を浄化しようと勤め、愛を持とうとし、公平公正であろうとし、真理を求め探求をはじめるとき、私たちは皆、良い心や行いを積みかさね、
神への道を歩み始めます。

私たちの積みかさねる徳とは、日々の笑顔、優しい言葉、気遣い、正しい動機と行い。
それらはどんなに小さくとも、日々積み重なる愛と叡智に結びついた光のような行いです。

私たちの魂は光に光を積みかさね、ますます強く大きく輝いていくのです。



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