人が生きる目的は魂を成長させて神に至るためです。

こういった事を文章や言葉にするといかにも宗教的に感じられるかもしれませんし、神に近づくという事がその道を志した人だけのものすごく特別な事のように感じられる方もいるかもしれません。
しかし実際には違っていて、神に至る目的は、自覚のあるなしにかかわらず、すべての人間の共通の目的であり、今人間としてこの人生を生きること自体が神へと至る道筋を歩んでいるという事でもあります。

そして目には見えない神とその法則ですが、私たちの日常生活において、実は神を感じる事の出来る機会は山ほどあります。

「神 = 一体 = 愛」

この事を考えたとき、神は常に身近な存在であるという事がわかります。
では神を感じるときとはどのような時でしょう?


愛に宿る神の存在
一番分かりやすい形は愛です。
これは男女間の愛情のようなものではなく、親が子どもに惜しみなく与える無私の愛のような見返りを求めない純粋な愛の中に存在します。
そして屈託のない笑顔でほほ笑みかけてくる赤ちゃんの笑顔にも純粋な愛を見ます。
時に人は愛によって自らの不利益や犠牲もかえりみる事無く、誰かを助けるときがあります。 そしてそのような行為に胸を打たれて流す涙も愛のあらわれです。
神は愛という形をとって私たちの生活のいたる所に現れます。
己のごとく人を愛せよという言葉があります。
愛こそがこの地上世界に発現している神の純粋な力の姿なのです。

■神はよきアドバイザー
そして神はアドバイザーでもあります。
自分と人との関係は神と自分との関係であると 私は説明しましたが、もし私たちが周りの人を愛する事に直向きであれば神はいつでも私たちの身近に在ります。

これは私自身、よく感じる事なのですが、自分はよく人から受けた相談の答えを自分以外のどなたかとの会話の中に見つけたりします。
たとえ自分が答えを知っていたとしてもそれをどう相手に伝えるかはいつもたくさん悩みます。 そんなときほかの方との会話のなかから得られたタイムリーな 「気づき」がまるでその相談者にこう言ってあげなさいと神に教えられているかのように感じる時が多々あります。
そんなときには神がこの世界すべてに満ちあふれ、すべてが一つというという事を強く実感するのです。 私たちが愛することにひたむききであったなら、
神はいつでも良きアドバイザーとして私たちの疑問や問いに答えてくれます。


神は常に側に
神はいつも私たち人間に語りかけています。
人との会話の中に、自分自身の自問の中に、時に悪への誘惑に駆られても良心声と言う名の神の声が聞こえて来ます。
例え一方的に自分を傷付ける悪意を持った友人の言葉があったとしても、その中にはやはり、魂を成長させるために最も必要な神の声が宿っているのです。

そして何より、一日の終わりに心を鏡のように静まりかえった水面のようにして研ぎ澄ませたなら、今日という一日の中にすべてを通して自分の心に 響き渡った神の声がいくつも聞こえる事でしょう♪



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