だれもが一度は考える 「宿命」と「運命」の話です。

人の魂はこの地上にいくども生まれ変わります。魂の成長のため、そして人がいつか神の随伴者となる為です。

私たちを支配する法則とは、神に属する法則です

私たちの人間としての人生に大きく関係するのはカルマの法則と輪廻転生の法則に基づいて、私たちが宿命や運命と呼ぶものを説明したいと思います。


運命
原因が同じであるならば結果も同じ、原因が決まっているならば結果も決まっているというのが運命論です。そして私たちの人生を支配する超越的な力として使われる言葉でもあります。
魂の成長とカルマの返済課程にある今の我々は不完全な存在です。
私たちの魂は人間としてこの地上に生まれてくる時に、自分に欠けた部分を補うような学習のプランや、カルマを効率的に返済できるような人生のプランを組んで この地上世界に生まれてきます。

つまり、「運命」とは自分自身の魂が決めた今世の人生プランなのです。 忍耐の足りない人は、忍耐を養うためにろくでなしの伴侶と 添い遂げる人生プランのもとに生まれてくるかもしれません。
成長のためにより過酷な環境を選んで生まれてくる魂もあります。例えば障害者として生まれたり、不幸の星の下の元に生まれるなどです。
運命は自分の魂が決めたプランですが、私たち自身の選択や行いによって先々の道筋は様々に変化していきます。 より良い行いでより良い結果を獲得していくなど私たちは自分の力で運命を切り開いていくことが出来ます。

宿命
運命は自分が法則に従う形で決めているプランであるという事と比べると、宿命は法則の作用そのものであると言えます。
例えば人に宿るカルマの中でも特に強い拘束力をもつものは、人がこれに抗う事は不可能に近いです。
これは人を殺した人が殺されるなどカルマの発動そのものであるからです。
運命とことなり、宿命の場合は死の時期さえも決められている場合があります。 もちろん良い宿命というものも存在します。
例えば幾度もの生まれ変わりで、神の道を歩み、徳を積み、霊性を高めてきた人が、その結果として今世では師となり人々を導く宿命を背負って生まれてくるという場合もあるわけです。

「ならば運命は決められた範囲でしか変えられないのでしょうか?」
「宿命は全く抗えないものなのでしょうか?」

答えは否です。

自分で切り開く

運命や宿命は変えられます♪

一つの例を話します。
ある人が憎んだ女の息子として生まれてきます。
その憎しみを 解消するためです。 ですがその息子の方はいつまでたっても母親を憎み続けて居ました。
ある日母親は病に倒れ入院します。
相変わらず母親を憎んでいた 息子でしたが、ある日の夜、その母の病室を訪れます。
すると眠っていた母親が、突如苦痛で激しくもだえはじめます。
息子は悩みます、ここで黙って病室を去れば、この憎い母親は死ぬかもしれない、そうすれば 生涯顔を合わせずにすむようになるのだから。
しかし息子は母親が苦しんでいる事をその病院の者に知らせました。
それは葛藤の末での結論です。

その病院から帰宅する途中に息子は不運にも事故に巻き込まれます。
ですがとても軽い怪我で済んだのです。

事の説明ですが、憎しみを精算する為の二人の関係は、息子が母親の命を救うことで憎しみを超えカルマを消化したのです。

もし母親を見殺しにしてたら、今世での大事な目的が果たせなかった事になります。
その場合は帰りの交通事故で命を落とす予定でした。

そして来世はまたその母親のもとに生まれ、息子として同じ課題を 繰り返したかも知れません。
ですがこの人生で憎しみとカルマを越えた息子は、一つの分岐点で命を失わずにすむ選択をして、残りの人生を魂のさらなる発展に役立てたのです。

つまり運命は変えられたのです。 これは宿命の場合も同じです。
カルマの法則の時に神の慈悲の法則についても説明しましたが、私たちの行いや選択は未来を変える事が出来るのです。
もちろんとても抗えないような強い宿命や決められた未来はあるでしょう。
しかしそれを変えられる可能性は決して0では無いのです。

それを可能にするのが、正しい想いと正しい行いです。



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