いかにして有るものを活用するか?

ここでは私の体験をからめてご説明します♪

■有る物を活用する
私の家が子供のころ貧しかったこと庭さきにたまに書かれています。

子供のころに私が持っていたオモチャは、超合金のロボットや、ゲーム機などではなく、ブロック、粘土、、知恵の輪、パズルなどでした。
これらは当時の母が私に買い与えることの出来た安価なおもちゃです。

私は中でもブロックや粘土が大好きでした。
テレビアニメで見るようなロボットやメカを、すべてブロックや、粘土を使って自分自身で作って遊んでいたのです。もちろん出来上がったものなどへろへろの姿形です。
しかし、子供の想像力はたくましく、自分は自分で作ったその不格好なロボットで遊ぶとき、頭に浮かぶ想像では本物さながらのものをいつも思い浮かべてました。
しかも、市販の物より優れている点は、それらが分解可能であり、原作さながらに破壊出来るといった点でした(笑)超合金ではこうはいきません。
すると、たった数百円の粘土が、一個が何千円もするおもちゃの山をはるかに凌駕(りょうが)するのです。
もちろん、当時の私は、高価な超合金のおもちゃも欲しかったです(笑)
でもそのとき、あるものを活用して、いくらでも楽しく遊ぶこともできました♪

私が21歳のときに出会った一冊の本、聖書です。
私はそのとき、これ一冊あれば、一生ほかの本は要らないのではないか?
とまで思ったものです(笑)

当時聖書以外にはまっていた本がありました、それはエドガーケイシーについて書かれた何冊かの本です。この種の本は、今でこそどこでも手に入りますが、当時は本屋に注文して、場合によっては半年とか一年かかって取り寄せるようなものでした。

私は一冊の本を何回も読みます、自分が成長してから読むと、同じ本なのに全然違った気づきを得られることをとても実感していました。

一冊の本を活用しつくすのに場合によっては数年という時間を要します。

さてさて、ふと周りを見渡すと

自分の身の回りにまだ活用しつくしたとは言いがたいものがいくつもあると思いません?

実は私自身も周りを見渡してそのように思ったりするのです(笑)

パソコンの中にはまだまだ十分理解したとは言いがたいデザインやグラフィックのソフトがあったり、最近買った本は、きっとこれから数年かけても活用しつくすことの出来ないものもあると思います。

これを人間関係や環境に当てはめて考えた場合も同じです。
学べることは限りなく、活用しつくしたとは到底言いがたい。
有るものを活用するというのは、何も物だけではありません。

例えばこのような話があります。

ある小学校に一人の少年が転校してきました。

少年A:「前の小学校はとても良い人たちばかりで仲良くやっていたけど、僕は新しいこの町の人たちとも仲良くやっていけるだろうか?」

校門で偶然それを耳にした校長先生がこういいます。

校長先生:「大丈夫ですよ、前の町の人たちと仲良くやってこれたなら、この町でもきっとうまくやっていけます。」

そしてまたある日の事、別の少年が転校してきます。

少年B「前の小学校の連中はろくでもないやつばかりで、やっと縁が切れてせいせいした!!」

校門で偶然それを耳にした校長先生がこういいます。

校長先生 「君が前の小学校や街の人たちと仲良くやってこれなかったのなら、きっとこの町でもうまくはやっていけないかもしれない、自分も変わる努力をなさい。」

問題は常に私たち自身にあり、答えも同様に私たち自身にあります。

私たちの心は創造者であり、環境を創り出すのも私たち自身です。
ですから、身近なものから活用しましょう。
そこには今の自分に必要なすべてが存在するのですから♪



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