変化はいつおきるのでしょう?

これまで、想いが実現する力や、否定的な想いを持たないたに出来ることを書いてきましたが、
変化はいつおきるのでしょう?

慎み深く穏やかに生きている人は変化から遠ざかるのか?
今目の前にあるつらく苦しい環境はいつどのように変化するのか?
いかにして変化は訪れるのか?
ちょっと書いてみたいと思います。 長いです(笑)


■変化するとき
今ある幸せを感じたり、感謝をする。
ありのままで居られること、あるがままを受け入れること、足りることを知る、あるものを活用する。もしすべての人間がこのようであれば、世界はとても穏やかなものとなるでしょう。
ある意味、地味で穏やかでぼけーっとした人間像です。でも平和な人間像とも言えます。

実はこれと同じようなことを100年以上も前に生まれた日本人が口にしています。
宮沢賢治 「雨にも負けず」 です。
その最後の部分に、深い霊的考察が存在します。

------------------------
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
私は
なりたい
------------------------

なぜ 「でくのぼー」なのでしょうか?
優れた人間になりたがらず、なぜ「でくのぼー」のなりたいのでしょうか?

才能 地位 富 名誉 人の欲望の行き着く先、あらゆるものが他人からの嫉妬(しっと)やねたみなどの否定心を受けるからです。

この誌の根幹には、そういったあらゆる欲さえ捨て去りたいという、心の浄化への願いが込められています。
自分が否定心を持たないだけでなく、人に否定心をもたれないような人間像が、この「でくのぼー」という言葉に映し出されています。
雨にも負けずを書いた宮沢賢治自身は、でくのぼーなどではなく、高い知性と霊的な洞察力を兼ね備えた人物でした。
無意識な「でくのぼー」ではなく、自由意志の選択による「でくのぼー」 と言えるかもしれません。

雨にも負けずの「でくのぼー」は奉仕の心にあふれた優しい「でくのぼー」です。

ありのまま、あるがまま、足ることを知る、あるものを活用する。
こういったことを生活に取り入れていくと、消極的、あるいは受動的で変化のあまり無い状態が思い浮かぶかもしれません。
一見地味で停滞している現状と思えるかもしれません。
でも最初はそれで良いのです。

幸せは内から来ると私は言いました。そして思いは実現すると。

だからこそ、見せかけの希望にすがったり、外側だけの見せかけの変化を求めるのではなく、まずは自分の内側に確固たるものを作る必要があるのです。

スピリチュアルな思想の中には、成功哲学のようなものや、願望実現、自分を変える瞑想といったものなど、お金や力など欲にかかわるものもたくさん存在します。
みるみる変わる!5分でできる!そんな本は山ほどあります。
しかし、多くの人は、これらのことに取り組んでもすぐには自分を変えられません。
変わったという人の多くも、実はそう思いこもうとしているだけで、実際にはたいして変わってもいません(笑)神の法則を知らず、人間の法則を自分でつくり、語っています。
これらのことを本にしている人たちも、本質を正しく理解していません。

つまり、本当はいかなる理由で自分が変化していったのが正確には理解できていないのです。そのため、本を書いている人たちや、本を見て運良く変化できた人たちは、変化できない人たちを気持ちが足りない、行動が足りないと安易に結論づけています。それは事実の半分しかとらえていません。
私たちが変化するとき、それは果たしてどのようなときなのでしょう?

良くも悪くも現状を活用し尽くしたときです。

良くも悪くも今の現状とその環境から学ぶべきことを学んだときです。
すると、活用し尽くされ、学ぶべきことの無いその環境から新しい環境へと自然に変化します。嫌でも変わってしまいます。変わりたくなくても変化します。
なぜならばそれは自己の魂と神の間で取り決めらる次のプランへ変化だからです。

このときの変化は穏やかに訪れる場合もありますし、まるで津波のように訪れる場合もあります。この変化は感情や気持ちの持ち方、思いこみなどから来る表面的な変化などと違い、本当の変化、本質自身の変化と言えるような変化です。
変わるのは環境であるかもしれませんし、自分自身の変化、すなわち才能の開花のようなものかもしれません。あらゆる変化の可能性が考えられます。

現状をどのように活用したか。

否定的にか。
人間の欲望に従ってか。
願いを持ってか。
光と喜びで満たすようにか。

変化を生み出すのも変化に備えるのも私たち自身です。

次の環境をより良い素晴らしいものにするために、例え今、つらく苦しい環境にあったとしても、今を光と喜びで満たしましょう。
そうしたら満たしたその光と喜びにふさわしい状況が、環境が、おのずと訪れます。
嫌でもそうなります。 変わりたくなくてもそうなります。

想念は物質化しますし、思考は現実化します。

私はこのことを語るとき、よくマザーテレサを引き合いに出します。

スラムの貧しい人たちの中に飛び出した彼女は、言うならば、
その愛以外には取り柄の無い、心優しい「でくのぼー」でした。
奉仕という活動で目の前に次々与えられる状況を、環境を、光と喜びに満たし続けていった結果、彼女の仕事と環境はどのように変化していったでしょうか。
彼女は大事業を成し遂げたかった訳ではありません。
日々を愛に従って生きただけです、そしたら天からたくさんの賜が与えられたのです。

「神の国と正義を求めなさい。そうすればその他もおのずと与えられる。」
これはイエスキリストの言葉です。
幸せな気持ちは幸せな環境を実現します。
素晴らしい行いは素晴らしい変化を生み出します。
我々は今あるものを活用して、次に必要なものが与えられるのです。

そして、今あるものをどのように使うかで、次に与えられるものが決まります。

変化するには時間がかかるでしょうか?

答えはこうです

時間がかかる場合もあるし、あっという間に変化してしまうときもある。
たった一つの気づきが人生すらも変えてしまうような変化をおこさせる
場合さえあります。
実は必ず熟して落ちる日が来ます。
良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。

目の前の課題から逃げるのではなく、喜びを持って取り組みましょう♪
やがて来る変化のときのために、今このときを光と喜びで満たしましょう♪



■ランキング参加中♪

心を清めて愛を持って生きるに賛同してくれる人はポチッと♪


Banner_P1.gif 人気ブログランキングへ
Banner_N1.gif ブログ村
ひかり 精神世界ランキング