叡智に至る道とは

生きているとよい事も悪いことも巡ってきます。

■日々訪れる天使と悪魔
天使も悪魔も普通は目には見えない存在です。
天使や悪魔が私たちの元を訪れるという事はなかなか無いと思いますが良いことや悪いことなら毎日自分の身におきます。

まずひとつ例え話をします。

目の前に天使と悪魔がやって来ました。

ある人には天使だけが見えました。

ある人には悪魔だけが見えました。

天使を見た人は幸福な気持ちになりました。

悪魔を見た人は恐怖で恐ろしくなりました。

このとても単純なたとえ話を私たちの毎日の暮らしに当てはめたならそこにはたくさんの学びが存在します。

例えば、勤めている会社にあたらしい人が入ってきた時、私たちはまずその人を最初の印象を受けたときから観察します。
容姿、人間性、仕事の出来、人によって様々な部分を見て自分の経験や基準から判断しはじめます。

美か醜か、善か悪か、優か劣か、白か黒か、天使か悪魔か。

もしその人の内に未熟さや粗、悪い部分だけを見たのであれば、その人に仕事上迷惑を掛けられたとき、あなたの目にまるで悪魔のような存在にうつるかもしれません。
その時もしかしたら良心は、自分の心の醜い部分をも発見するかもしれません。

もし人の中の天使性、神性を見るように心がけたのであればそこにはたくさんの幸福があります。

人の中に天使性や神性を見るとき、自分の内にも天使性や神性を発見するはずです。

そしてこれは人だけに限定した事ではなく、仕事や環境、自分の人生のなかで自分に訪れるあらゆる出来事に同じ事が言えます。

例えば、今つらく苦しい出来事の中に何を見るか。

天使か悪魔か。

天使が苦しみの果てに道を示すのか?

悪魔が破滅に導くのか?

どちらを見るかは自分が決めることです。

さて、このたとえ話にはまだ続きがあります。

ある人には天使と悪魔の両方が見えました。

その人は叡智を知りました。

なぜでしょう?

あるがままを受け入れるとはつまりそういう事なのです。

現代人の多くは闇ばかり見て、スピリチュアルな人は光ばかりを追う傾向があります。

真理は 光と闇 それぞれの中に等しく存在します。

だからこそ、大きな苦しみの内に沢山の闇を見た人が後に見る光はとても大きな輝きを持っているのです。



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