私自身がいかにして今の知識や霊能力を手に入れてきたか?

体験談を書くにあたりまずは私自身が二十歳ぐらいまでどのような人生を歩んできたのかをおおまかに書いてみようと思います。

■ちいさいころ
僕の最古の記憶は1歳半のとき、両親につれていかれたサボテン公園です。
両親の友達夫婦が母から僕を取り上げて、可愛いなどといってほほに触れたり抱え上げたりした。そのときの僕が思ったこともよく覚えてます。
〈人が気持ちよくねてりゃーいらんことして〉
そんなこと思う1歳半が居るかは謎ですが、そんな気持ちだったのを覚えています。(笑)
母が僕のちいさころのことを話すとき、いつも印象的なのは、僕はまったくぐずったり泣いたりしなかったらしいです。
3歳ぐらいのころかな?もっとちいさいころかもしれませんが空を見上げるとものすごく高くて、僕はもうこの世界に無限ともいるときを生きてきたのではなかったのか?そんなことを感じていました。
今思えば幼いころの方が、無限の何かを身近に感じていたように思います。

包まれてるようなぼやけた感覚の中で転んでも痛みとか感じたことはあまり無かった気がします。転んで痛いと思うこともよその子ほど無く、とても守られてた感じがしていました。

僕の両親については、酒と博打に飲める込む気性の激しい父と、カトリックの修道院で育ち大人になった世間知らずの母という組み合わせです。
多額の借金があり、ちいさころからずっと貧しい暮らしをしていました。

5歳のころ、おそらく初めて僕の意志で罪を犯しました。
物欲の誘惑にかられて友達のちいさ怪獣の消しゴムを僕のポケットに入れました。そのころから包まれてる、あの守られてる感じはすっかり消え去り、世界は僕にとって厳しいものとなり、あらゆる痛みがそれまでの何倍にも感じました。このころの変化はよく覚えています。

少年時代、超能力とか霊感、見えない不思議なあらゆることにあこがれ、超能力の番組を見てはスプーン曲げを試して心霊番組を見ては見えない何かを見ようと目をこらしました。
でも僕の身の回りには不そういった思議なことなんか何も起きませんでした。

■ピラミッドエネルギー
母は不思議なこと大好きな人でした。小学校低学年のころ、の担任に「お母さんの趣味は何?」と聞かれたとき、迷わずに「アトランティス」と答えました(笑)
宇宙考古学とか超常現象とか、そんなのが大好きな母が、ある日ピラミッドエネルギーにこり始めてダンボールでピラミッド作ったなんてことがありました。不思議とそのダンボールに入れた物は腐敗しなくなったし痛い所をピラミッドの先端にもっていくと痛みが和らぎました。

僕はピラミッドの先端におでこを当てたりしてました。
毎日毎日、頭良くなるような気がしたから〈笑〉

でもある日を境にそのダンボールのピラミッドが怖くて近づけないばかりか見ることも出来なくなりました。その理由は僕が21歳になったときに出会った方に教えられることになります。

■神話の研究
中学の頃、海外のテーブルゲームのRPGに熱中した時期がありました。
それはサイコロとシートを使って行うファンタジーのゲームなのですが、そのゲームで初めて、海外では魔法(魔術)というものがまるで学問のように扱われていたり、その知識も一般に広まっているのだと知りました。
そのゲームをキッカケに、魔術や神話を、ファンタジーとしてだけではなく、歴史や学問のような現実として考えたり調べるようになりました。
僕はこの当時、世界中の神話をひとつの歴史のようにまとめて、年表を作るという変な研究をしていました。

■気功
中学のころ、気功に興味を持った時期があって両手で気を練ったり瞑想して丹田に気を貯めたり?
専門書見て興味本位で首つっこんだ時期がありました。
僕には当たり前に感じた気の反発力とか熱感、伝わる人と伝わらない人とハッキリ分かれることにすごく驚きました。
気功に関しては、目に見えないエネルギーを自分自身で体験する事で、目に見えない様々なものが存在する確率を改めて考えさせられるものでした。

■心霊写真
高校時代に取り壊し中の市立病院に夜忍び込んだことがありました。
病院が完全になくなってしまう前に記念写真をみんなで撮ろう!
っといった趣旨のものだったのですが、時期が夏だったこともありちょっとした肝試しの感じでもありました。
以前兄がテレビで見たらし、写真を撮る前に早九字を切ると写真に霊が写るというのを
やめとけばいいのについつい試し、みんなで霊安室の前で記念写真!
後日プリントされて来た写真には言い逃れできないほどハッキリと骸骨の上半身が写ってました。きっとこれがそれまでの僕の人生で身の回りに起こったもっとも印象深い心霊的な出来事だったに違いないと思います。

ここまで見る限りでは特別と思るような体験は得に無いようにも思います。
天使と出会ったわけでもなく、お告げを聞いたわけでもありあせん。
でも僕は僕自身の体験から、目に見えないエネルギーや霊の存在は信じていました。しかし神という存在に対しては否定していました。

人格だかエネルギーだかあやふやで、あるのか無いのかも分からない神という存在は、僕にとってはあまりにも非合理的に思ていましたし、何よりこの世界には不公平なことが多すぎたからです。

21歳のある日、ある人との出会いを境に、僕はそれまでの価値観が変わってしまうような衝撃と、僕の人生を大きく変えてしまうような体験をしました。
それが経験が、僕の人生を霊的に、そして霊的な事や神を探究する道に進ませました。



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