まだ居た複合霊


兄と祖母の新居に居た複合霊のお話の続きです。
これは僕ではなく兄の体験談みたいなものです。

兄は僕が帰った後もこの新居でたびたび霊を見ます。
玄関の外を歩いていたり、あるいは廊下、台所でごそごそと動く気配、兄は僕より視る力が優れてるのでかなりハッキリ見ることも多かったようです。

眠りから目覚めると3人ほどの霊に囲まれてたり、当時浄霊をする力がなかった兄はこのような出来事で体調を崩すと必ず母か僕を頼ってきました。
このころ僕も母もすでに電話による遠隔浄霊が出来たのでなんせ一番多い時期は兄から毎日電話がありました。

ある日兄はまどろみの中で夢を見ます。
僕が以前夢の中で触った壁の場所から人の霊が出てくるといったものです。
それを聞いた僕はそこが霊の通り道なのでは? と考えます。
そして霊道を閉じるための五芒星の護符をつくって兄に送ったのです。

兄は早速それを壁に貼りました、すると後日、嫌な体験をするのです。。。
護符を貼ったことによりそこは閉ざされたのでしょう、ですが同じ壁の面の端にあるタンスの中から霊が出てくるといったものです。
兄は五芒星を護符をコピーしてタンスに貼り付けます。
するとその後日さらに嫌な体験をします。。。

今度は同じ壁の面の逆の端にある押入から霊が出てきたそうです。。。
その次は押入にコピーを貼り付けるこんな繰り返しだったそうです。
母は当時2メートルステンレスピラミッドをつくってもってました。
兄もそれを真似て1.8メートルステンレスピラミッドを部屋につくりました。
それの外では悪い霊にまとわりつかれ、それの中に入ると寄りつかれなくなる、そんな生活をしてました。

僕はとても浄霊が激しい時期があったのですが兄がこのように毎日霊に脅かされていたのも丁度同じような時期でした。
このころの自分の体験に「魔境」と言う言葉を使いましたが、それとは別に、霊が活発化し始めた時期でもあったようです。
あまりに毎日兄から電話があり、浄霊をすることが多かったので僕はこれらのことを真剣に考え瞑想しました。するとこの時「気づき」がやってきたのです。

あの時「この土地で一番大きな霊」と言った霊の複合体、もしや僕が連れてきた100程の塊はその一部だったのでは???

兄の住むところは昔は東京都の乳母捨て山などとも呼ばれ、結核患者を隔離した病院街がありました。やはり100程の霊では済まなかったようです。

母と僕、電話越しの兄、3人で霊の複合体の根源となってる霊を浄化するべく祈りと瞑想により霊性を高めました、電話代がだいぶかかりましたがその複合体に限っては浄化できたようです。

ですがこの後にも兄はよくどっかから霊を引っ張って来ては大変なめにあってました。

2009年 3月 追記

この体験談で私は、五芒星の護符を兄に送っていますが、実は五芒星はとても扱いが難しいシンボルなので、知識の無い方や、初歩的な霊能力をもっているような段階に居る人は、このシンボルはむやみに使わないようにしてください。グッズやペンダントも同様です。
霊的な感覚を持っていない人にはさほどの影響はないとおもいます。



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