死さえ覚悟した時期。

「魔境」の中の「魔境」とでも言いましょうか。

そんな時期がありました。1999年の6月からです。

浄霊しても1分後には他の霊に憑かれる。
一日にいったいどれだけの霊を浄化してるのか、もはや僕が何体浄霊してるかなどと数える気にもならなくなりました。

この時期僕が思ったことは
「別に構わないから殺すなら殺せ!!」
「いっそ死んでも構わない、それで楽になれるなら」
そんな事でした。

出口の見えない深い迷宮に迷い込んだかのように毎日毎日、一日中瞑想をして浄霊をしていました。寝てもすぐに目が覚め、寝る時間もだんだんにバラツキが出ていつ寝ていつ起きてるのかも解らないほどでした。

母も同じように苦しんでいました、何でこんなに霊が来るのか?
僕が何か間違ったことをしたのか?
もはや思考能力も鈍り混乱に陥っていました。
浄霊に追われ死を覚悟した時期とはまさにこの時期です。

疑念・・・混乱・・・不信・・・

自分が正しいなどと言い切れる人間は世の中に多くはありません、ですから僕は悩みました。
これだけ沢山の霊に障られる理由が僕に有るのではないか?
間違ったことしてきたのでは無いか?

僕の考えはもしかしたら間違ってるのかも知れない、霊なんか居ない、実は僕の精神がおかしくて病気なのでは?
追いつめられてました。
しかし、僕一人ならともかく、同じ時期同じように母も苦しんで居ました、だからこそコレは夢や幻や精神異常ですらない、解る人間にしか解らない現実なのだ、そう思うことが出来ました。

この頃居酒屋と住居が一体になったような所に住んでいて僕の部屋はその2階に有りました、つまり母の居酒屋の斜め上ぐらいに僕の部屋があったんですね。

ある日母が夢を見ます。
夢の中で母の居酒屋に入りきらないぐらいの人が来てて、我が儘勝手に騒いでいました。外にもまだ人が並んでいるようでした。
母は気づきます、この人間達が全てもうこの世に生きていない人間達で有ることを。
そして母は霊達に訪ねます。

母:「お前達はなんでここに集まってくるんだ!?」

霊達:「こんなに暖かくて眩しかったらそりゃ集まってくるさ」

霊道を通って来たり、運び屋さんが運んできたり、霊自身が訪ねてきたり、彼らにとってこの場所はとても目立つ場所で、暖かく光りがさす、つまり帰り道だったんです。

以前僕が霊から聞いた「ここだここだ」発言とあわせてもはや疑うよりは有りませんでした。
この場所は居酒屋だし、酒も美味しい食い物も有るしなぁ。。。(笑)
遠くからだと新潟や北海道から来てる霊も居ました。
母がこの時期を振り返ると言う言葉は、どっちが欠けててもきっと生きてはいなかっただろう。といった事です。



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